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【どろろ】 2007年 出演:妻夫木聡,柴咲コウ 原作:手塚治虫 ===== あらすじ(途中まで) ===== 異様な世界。泥棒のどろろは酒場で踊り子に化けた魔物を退治する百鬼丸に出会い、一緒に旅をするようになる。百鬼丸は体の48か所を魔物に奪われていて、それらの箇所は育ての親の寿海が作った手足や内臓で補われているが、魔物を倒すと奪われた部位が復元される。一方、どろろは女で、小さいころに父を醍醐景光という武将に殺され、その後に死んだ母の遺言で男として振舞っていた。 百鬼丸とどろろは魔物を倒しながら旅を続けていく。仕事を求めてある城に案内されたとき、百鬼丸は醍醐景光の妻の百合が自分の母であり、赤ん坊のときに自分を川に流したことを知る。 ===== 感想(ネタバレ) ===== ● 原作と映画は違うのだ 予想以上にいい映画だった。 テレビで何度も予告を見たときは、柴咲コウのどろろの口上がイマイチな感じで、あまり期待していなかったからだ。 もちろん原作の漫画はリアルタイムでほぼ読んでいたので、どろろが少年(実は原作でもラストあたりで少女とわかるらしい)から女に変更されていることはすぐにわかるし、原作と映画は別物というスタンスなので、そういう変更はあまり気にならない。実は、どろろが『リボンの騎士』のように男として育った女であり、『火の鳥黎明編』のウズメのように泥で顔をわざと汚した女であることにより、映画としては面白みが増したような気がする。 ● 映像は良し悪し 時代設定なども戦国時代とは随分異なる世界なのだが、これはこれで楽しいかなと思える。もっともセットや衣装がときどき中国風になるのは、すごく興醒めだけど。 一番の不満は映像だ。終始見づらい色使いが続く。最初のうちはほぼ単色映画で、時間とともに少しずつ色が増え、最後のシーンでようやく自然な色に近くなる。どろろが鼓を肩からぶら下げる紐の色が赤いと知ったのは、ようやく終盤になってからだ(もっともその色に何の意味もないが)。 もう少し見やすい絵にしてもよかったのではないか。 それにグリーンバックを使いすぎ。ニュージーランド・ロケの映像をミックスして誤魔化している感じがありありだ。 ● 敵 魔物の造形もかなりショボイけど、これはまあいいか。単純素朴なファンタジー系の怪物退治のような話ではないからだ。 百鬼丸とどろろが闘っている真の相手は魔物ではなく、魔物を生み出した人間や社会の不条理だ。魔物を退治しても彼等は村人に村を追われたりする。魔物はご愛嬌でもいいんじゃないのかな。 ● どろろ役 柴咲コウ……好きなんだけど、今回はウーンという感じ。しかし他にこれ以上演じられる女優がいるかというと思い浮かばない。そうとう難しい役だったということだろう。 ● シナリオ この映画で一番に気に入っているのはシナリオだ。終盤はもたつくけど、それ以外はすごく良かった。 親子愛、特に親を想う子の気持ちというのがこれほど感じられる映画は珍しい。 例えば、自分を魔物に売り渡した親であっても親を手に掛けてはいけない、と叫ぶどろろの気持ちが痛々しい。友達どうしなら絶交というのがあるが、親子の関係は何があっても変わらない。現代の満ち足りた生活における友達のような親子関係というのが、いかに薄っぺらで無機質な感情かということを如実に教えてくれる。 また、どろろが女であるので百鬼丸との関係が微妙になり、話が僕の好みに近いものになった。 どろろは母から「女になりたいと思う男が現れるまで泣いてはいけない」と言われているのだが、最後のシーンで泣きながら百鬼丸に駆け寄る。この瞬間、どろろは女になったのだ。しかし百鬼丸が抱き寄せようとすると、その股間を膝蹴りし「俺はどろろだ」とテレビの予告の口上のシーンとなる。 百鬼丸が残りの魔物を倒して人間に戻るまで、自分が女として邪魔にならないよう、どろろはこれからも男であり続けるのだろう。おそらく百鬼丸が完全な人間になったとき、どろろも女に戻るのだと予想させる結末だ。 久々に余韻のある素敵なエンディングを見たと嬉しくなってしまった。 〔蛇足〕 でも、巷の評価は低いだろうな。CGはひどいし、どろろは影が薄めだし、役者はぱっとしないし。 これらは確かにそのとおりかもしれない。 でも、観念論で反発する意見も多いんだよね。原作のような差別用語はないし、残酷描写も少ないし、原作と原作者を冒涜している……とか。しかし、それがどうした! 原作と映画は別物。なぜ、同じでなければいけないのか理解に苦しむ。例えば、神話を題材にして荒唐無稽な話にしたものなど(古事記をベースにスサノオが空を飛ぶなど)、ゴロゴロあるだろうに。大先生が書いた原作は同じでなければ許さないって……どうして? おそらく、原作との相違に怒り狂う奴って権威主義的な差別主義者なのだろう。日本の神話や伝統なぞグチャグチャにアレンジしても冒涜ではないが、自分が心酔する作家や作品は神のような存在で、ほんの僅かでも穢してはならないのじゃー、ってか? もうアホかと。 こういう奴って、手塚治虫だけでなく、黒澤明とか長嶋茂雄とかジョン・レノンとか名前を聞いただけで、シッコちびりながら直立不動するタイプだぜ。もちろん本気で尊敬しているからというより、彼等を神に祭り上げ、それを頂点とした縦の序列に自分自身も組み込まれて上昇したいからだ。 次に、原作はかなりグロテスクな雰囲気が強く、社会風刺的な毒も強い。アニメ化や映画化に伴って、毒が薄まるのは致し方のないところだろう。ところが、それで原作の雰囲気がまったく損なわれたとメチャクチャに怒る奴がいる。なんじゃらほい。残酷描写や差別用語の連呼が反社会的っぽくって格好いいとか思ってるのかな? まさに左翼小児病というやつだな。 ⇒ このブログのトップへ ⇒ にほんブログ村 映画ブログへ |
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