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help RSS 映画の感想文 [83] リリイ・シュシュのすべて

<<   作成日時 : 2009/05/04 12:06   >>

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 前々回、横浜の開国博の『BATON』をボロクソに書いたけど、岩井俊二は嫌いじゃないよということで、『リリイ・シュシュのすべて』の感想を書きます。というより岩井俊二を見たくて、わざわざ開国博に行ったようなもの。本当は、『打ち上げ花火〜』が一番好きなんだけど、それは、またいずれ。

【リリイ・シュシュのすべて】
2001年
監督:岩井俊二
出演:市原隼人, 忍成修吾, 蒼井優, 伊藤歩

===== あらすじ(途中まで) =====
 足利市の中学校に入学した蓮見は、剣道部に入り、入学式で新入生代表の挨拶をするほど優秀な星野と仲良くなった。星野の家へ泊まりにいったとき、蓮見はリリイ・シュシュ(Lily Chou-Chou)という歌手を知る。その歌手は、星野が小学生のころ、いま同じクラスの久野から教えてもらったものだった。蓮見も彼女のファンになり、ネット上でリリイ・シュシュのことを自由に書き込むチャット『リリフィリア』を立ち上げた。
 1999年の夏休み、蓮見と星野たちが秋葉原へ行くと、オタクが恐喝されていた。彼等はその金を横取りし、みんなで沖縄の西表島へ遊びに行った。そこで星野は魚に襲われたり、溺れかけたりする。そして新学期が始まると星野の様子はすっかり変わっていた。
 星野はクラスの者をいじめるようになり、蓮見もそのターゲットとなった。金を貢ぐために置き引きや万引きをさせられ、夜中に呼び出されて自転車を壊され、オナニーを強要されたりする。星野に逆らえない蓮見は、ネットのリリフィリアに癒しを求め、『青猫』というHNのファンに励まされるようになった。
 ある日、蓮見は星野に命令されてクラスの女子の津田を尾行した。彼女は星野から売春をするように言われていて、蓮見はその見張り役だ。売春のつど蓮見が同行するうちに、津田もリリイ・シュシュを聴くようになった。

===== 感想(ネタバレバレ) =====

● 暗くて重い
 内容が暗くて重くて、テーマなどを投げかけておきながら答を示さない映画の場合、見終わったあとは無口になりがちだ。この映画はその典型だろう。多くの人は、難しい顔をしながら、黙って映画館の席を立ったのではなかろうか。

● 中学生の心の闇だけに着目
 だからといって哲学的な難解な映画であるとか、社会的な問題を扱った映画とは限らない。
 この映画は、リリイ・シュシュを聴く四人の中学生の心の闇をていねいに描写したということになるが、もちろんほんの一断面にすぎない。闇、というか負の要素だけ見ても、進学や失恋というこの年頃の最大級の悩みは触れていないし(津田の蓮見への想いは一応失恋だけど)、さらには家庭内暴力、家庭内レイプあるいは様々な身体的コンプレックス(包茎、貧乳、肥満、虚弱、体毛、地黒、etc)といったものも大昔からあるが、そういう話は無しだ。そもそも中学生にだって光輝く要素はあるのだが、この映画は明るいできごとに完全に目を背けている。
 ――で、それがどうした? 映画はいちいちすべてを描写するものではない。一つの局面だけを抉るように描くことも多々あるのだ。

● でも社会問題と捉える意図はない
 この映画は、子供による窃盗や売春や自殺や殺人などを扱うが、それを社会問題として捉える気などは、さらさらなさそうだ。そんなことを期待して、答を求めようと思ったら肩透かしをくらう。何しろ、受け持ちのクラスの生徒が二人も死にながらノホホンと指揮や進路指導をする教師の顔――強いていえば、これがこの映画の答だ。窃盗も売春も自殺も殺人も、実はどうでもよくて、不条理を溜め込んでいく中学生の心を描写するためのエピソードにすぎない。
 ある意味、ひどい製作態度にも見えるが、そうした態度に善いも悪いもありはしない。監督の心情は、まさに学生をひき殺した沖縄の主婦の言うとおり「私たちは悪くはない」なのだ。生徒が二人死んだとしても、誰かが悪いとかいう問題ではない――少なくとも、この映画の中では。

● 背景は、田んぼの美しさ
 この作品は、田んぼの美しさを背景に、暗くて痛い中学生の心を撮った映画だ。夏の青田、秋の黄金色の穂波、本編では直接は描かれていないが、エンドロールの逆光の中で田んぼに仰向けに倒れる津田の姿が、ベストショットだろう。ラストのRockwell(=岩井)のロゴの背景は、稲を刈り取った後の田んぼだ。(なお、劇中の台詞によれば、星野の母は、盛いずみに似ているらしい)

● でも映像美と呼ばれる意図はない
 ただし全体が映像美を指向しているわけではない。少なくとも景色の美しさを撮り続けた映画とは違う。この監督は沖縄ではまともなカメラを使わない。西表島の美しさを表現することを、断固拒否しているのだ。あるいは望遠鏡を覗きながら「星がきれいだ」という台詞があるのに、美しい星空は出てこない。
 映画の中で美しい映像は田んぼと、蓮見や津田の心象に集約される。しかし、それがあまりにも強烈な印象を与えるので、映像美の映画として心に残る人も多かろう。まあ、映像がすばらしい映画であることは間違いないが。
 でも、映像美と言う前に、例えば、なぜ休耕田で犬掻きをするのか、そのシーンもちゃんと見て欲しかった。しかも、なぜ助けるふりをして蹴り落とすという、キューブリックの『時計仕掛け〜』を思わせるシーンが必要なのか。『映像美の映画』と安直に思われるのがいやなのだろう。

● 蓮見=市原隼人
 市原隼人(蓮見)、忍成修吾(星野)、蒼井優(津田)という三人の役者がみごとだ。市原隼人と忍成修吾はすごく難しい役を演じきった。また、『スワローテイル』つながりの伊藤歩(久野)も頑張っている感じだ。
 蓮見の心象が表現されるシーンはきれいな映像が多いのだが、その中でも久野を廃工場へ誘うときの青空と光は残酷なほど美しい。本当ならば明るいところへ二人で遊びに行きたかったろうに、蓮見はまったく無力だ。

● 津田=蒼井優
 それにしても、この映画の蒼井優はすごい。売春を強要されて自殺するという、いまどきの少女の役としてはありきたりなのだが(特に、最近の携帯小説では、集団強姦と売春は必須だからね)、そういうありきたりな、いろんな役者がやっている役を抜群の存在感で見せてくれる。
 売春の帰り道、用水路でずぶ濡れになって泣くシーンは圧巻だ。その後、自宅の庭で身体を洗うのだが、周りには花が散っている。既に星野に「Hなとこをビデオに撮られている」ので、身体的な処女喪失ではなく精神的な純潔喪失の暗示だろう。何度か売春を重ねると、もう普通の顔をして家の中へ帰っていく。
 心境の変化の演出がていねいだが、蒼井優の演技も完ぺきだ。一つ一つの出番は少ないのに、本来は明るい子で、蓮見にほのかな恋心を抱くようになることもよくわかる。丸坊主の久野の姿を見て涙を流す表情や、屋上で一人さびしく立つ背中で、逃げ場のない絶望感が表現される。そして「カイトに乗りたい」と言うときの、底抜けに明るい顔――忘れられない表情だ。
 このとき、チャットの書き込みで青猫の心は空を飛んでいるというのに、津田の操るカイトは地上に落ちる。この監督、さりげなく、とことん残酷だ
 さらに「空、翔びたい」と言いながら津田はさりげなく靴に触る―――たまたまそういう動きになったように見えるが、これが監督の演出によるものなら神懸り的! 靴というのはその直後の津田の行動の暗示そのものだからだ。
 既に述べたとおり、津田の心象に関係するところも映像が美しい。用水路、教室での泣き顔、カイトが舞い飛行機雲が伸びる空、夕暮れの葬列……。どれもそのまま切り取りたいような映像ばかりだ。また、身体を洗う庭、屋上の後姿(目の前にはまぶしい世界が広がっている)、ねじれた手足と電線に引っかかった携帯電話、そして教室の花瓶なども印象に残る映像だ。

● オマージュの数々
 『1999年の夏休み』に「世界が灰色になった」、つまり変わったというのは、金子修介を意識してるのかな? ノストラダムスやマトリクスはその照れ隠しか? 『打ち上げ花火〜』では、相米慎二の『台風クラブ』の「ただいま、お帰り」をそのまま使ってたけど、こういうさりげないオマージュが効いてるんだよね。
 ほかにも、前述のとおり休耕田のシーンやCD店でリリィ・シュシュの新譜を万引きするシーンはキューブリックの『時計仕掛け〜』を思わせる(教師が金を払うときは、店の様子はありきたりになっている。店員のヘタなセリフより、セットのほうが気になるシーンだ)。また、津田が庭で体を洗う時の周りの赤い花は、つげ義春の『紅い花』を彷彿させる(つげの紅い花は初潮の隠喩。この映画の紅い花は初売春の隠喩か?)。それから、津田の最期の捩れた手足は、まさかポランスキーのマクベス夫人じゃないよね。
 そもそも、リリイ・シュシュの Chou-Chou って、ローマ字読みなら チョウチョウ=蝶々=バタフライ=スワロウテイル じゃん。

● 終盤は嫌いだ!
 しかし、蓮見が青猫の正体を知ったあとの話は好きではない。いらないんじゃないか。青猫の正体を知ることで、その心境を共有するという結論もありだと思う。この映画の結末では、チャットも音楽(リリィ・シュシュ)も何の救いにも解決にもならないということで、あまりにも絶望感が強すぎる。この結末を見て溜飲を下げてほっとする人もいるかもしれないが、僕はドツボに叩き落とされたような心境だ。蓮見は、成長するにつれて、それまでの何倍も苦しむことになるのだろう。つらすぎる。
 ほんとうに残酷な監督だ。まあ、それも魅力の一つではあるのだけれど……。

● つまり
 傑作だけど……痛い。


〔蛇足〕
 チャットの書き込みがフレーズ単位で表示されるのはつらい。隠喩などのレトリックが多いのでセンテンス単位でないとわかりにくくて、非常に疲れる。ここは大幅にマイナスだった。
 さらに、チャットをエンドロールにかぶせるのは、もっとマイナス。キャストやスタッフの表示と書き込みとを同時に見ることは、僕の能力ではまったく不可能で、ただただイライラするばかり。最後にドツボのように大幅マイナス。

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用水路で泣く


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教室で泣く


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屋上で絶望する


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カイトに乗りたい


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ここで靴に触れるというのが、演出ならすごい


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エンドロールの秋の田んぼ


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ベストショットだと思う


岩井俊二の映画の感想
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