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<<   作成日時 : 2012/02/09 22:43   >>

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【レスラー】
原題:The Wrestler
日本公開:2009年6月
制作国:米国
監督:Darren Aronofsky(ダーレン・アロノフスキー)
出演:Mickey Rourke(ミッキー・ローク), Marisa Tomei(マリサ・トメイ)

===== あらすじ(途中まで) =====
 かつて“ザ・ラム”というリングネームの人気プロレスラーだったランディは、今はすっかり落ちぶれていた。客の入りの悪い場末の興行で僅かな金を稼ぐものの、筋肉増強剤や鎮痛剤などを大量に購入するため生活費にも足りず、スーパーでパートをしなければならなかった。トレーラーハウスで寝泊まりし、一人娘のステファニーとはずいぶん以前から絶縁状態で、気晴らしはストリップ・バーでダンサーをしているキャシディと飲むことぐらいだ。
 キャシディは既に盛りを過ぎていて、客からあまり相手にされることもなく、むしろ年齢のことでからかわれることも珍しくはなかった。
 ランディは、大型のステイプラを使った金網デスマッチの後、ロッカールームで倒れてしまう。長年の薬物使用などによる心臓発作で、医者からはもう試合をすることは無理だと言われる。
 ランディは引退を考え、娘のステファニーに会いに行くことにした。最初はすぐに追い返されるものの、キャシディの助けでプレゼントを買い、ようやく心を通じ合うことができた。
 しかし、それは続かなかった。

===== 感想 =====

● エンターテイメントです
 場末のプロレスラーのお話し。
 彼らが臨むのは、時には有刺鉄線に囲まれたリングの中で、ステイプラ、つまりホッチキスを相手の体に打ち込み合うといった糞試合すらあるような興業だ。もちろん、どういう道具を使うか、どの程度までやって良いかは事前に打ち合わせ済みだ。他の試合も全体の流れをある程度決めておき、大きな怪我を抱えていて攻めてほしくない箇所を教え合い、決め技も相談しておく。
 ヤオチョウなどと言ってはいけない。これがプロレスというものだろう。
 あんな大柄で怪力の男たちがガチで試合をしたら、3日ともつはずがない。ある程度の筋書きや制約などの注意を設けるのは当然のことだ。そうした制約の中で、どれほど観客を魅了できるかに我が身をすりつぶす。見世物的な演出ではなく、鍛えた体の美しさであるとか、怪力などの力比べ、技の俊敏さや華麗さ、あるいは不屈の闘志といったもので感動させるエンターテイメントだと思う。
 そのために体は痛み、ボロボロになりながらも、苦しいトレーニングを欠かすことはできない。(*1)
 だからプロレスラーたちは、控室では仲が良く、互いに尊敬しあい、いたわり合う気持ちが強いようだ。
 この映画は、こうしたプロレスラーたちの職人気質や連帯感といったものを、密度の濃い演出で端的に表現している。一瞬たりとも目が離せなくなる映画だ。

● 老いた孤独の哀愁
 この世界の中で、ランディはもはや老いたプロレスラーだ。後輩たちから尊敬され、試合では勝つ役回りになるものの、実際には若手にとても勝てないと知っている。かつて一度は人気を得たけれど、今はトレーラーハウスの家賃の支払いさえままならず、スーパーのパートもやむなしと割り切る生活だ。
 この映画では、プロレスと直接関係ないような場面が多い。ランディの生活やパートタイムの仕事ぶり、息抜きとなるストリッパーとの会話、さらには娘との葛藤などのエピソードだ。
 これらは、勝手気ままにやっていた若い時代のピークが過ぎ、すっかり落ちぶれてしまった男の物語といった内容だ。プロレスという職業を離れて見れば、色々なところで見かける一般的な話題だということがわかる。

 つまり――老いた孤独な男の哀愁

 だからランディの姿に自分自身を重ね合わせる人も多かろう。
 幸か不幸か、僕には人生のピークのようなものはなく、平凡な毎日を過ごしてきたので、ちょっと他人ごとの気分。それでもランディの寂しさや苛立ちがひしひしと伝わってくる。
 心理的な描写や感傷的な雰囲気造りが、ものすごく秀でた映画だ。

● 役者
 ランディを演じるミッキー・ロークがすごい。
 老いたプロレスラーという役のため、多少緩んでいるけど肉付きの良い身体を作り、張りのない皮膚を日焼けやクリームで少しでも若く見せることを実演する。
 動きもうまい。例えばトップ・ロープに登るときなど、モタモタ・フラフラしていて、バランスが衰えた危なっかしさを演じている。一方で、ときにはキレのある技を繰り出してみせることもある。まさに老練なプロレスラーだ。ミッキー・ロークは、元プロボクサーということで、やはり格闘系のアクションの勘は並大抵のものではないのだろう。
 さらに、控室や試合開始前の会場で仲間と語り合うときの活き活きとした様子、ファンとの集いで僅かなファンが来てくれたときの嬉しそうな表情や、客足が絶えたときに周りの同僚を窺う寂しそうな目線、さらにはキャシディと話すときの無防備なリラックスぶり、そしてステファニーに自分の思いをぶつける涙目など、どれも見ていて惹きつけられるものばかりだ。

 脇では、キャシディ役のマリサ・トメイがすごい。
 まずは脱ぎっぷり。胸は完全に露出し、小さなバタフライ・ショーツだけでカメラの正面に立ち、セクシーなポールダンスを披露する。子持ちという設定で、年齢高めな美しさのヌードだ。
 一方で、客から冷たくされるときの寂しげな表情、ランディに誘われて客と踊り子の一線を越えるべきかどうか迷う様子、一度は引退を決意する態度など、ものすごく演技もうまい。
 恥を忍んで言えば、僕はまったく知らない女優さんで、あまりの脱ぎっぷりに、本職のダンサー又はセクシー系の女優が演じているのだろうと思って観ていた。それにしては芝居がすごくうまいので、米国のタレントの人材は底知れないなと感心したものだ。
 ところが、彼女は1992年にアカデミー助演女優賞を取ったことのあるベテラン女優とのこと。1964年12月生まれで、撮影時は40歳を超えていることになる。びっくりした。
 今回もアカデミー助演女優賞にノミネートされたそうだが、当然だろう。

● 映画館で見たかった
 僕が映画館で見たいと思うのは、次のような作品の場合。
a 大画面の迫力
 大自然や戦争や古代史などのスペクタクルにどっぷり浸ることができる映画
b 映画らしい映画
 とりたてて大画面のメリットは少ないけれど、テレビドラマとは違って、匂いが『映画映画』している映画(って何のこっちゃ?)

 この映画はbの典型だと思う。プロレスの試合などのアクションはあるものの、大画面だから迫力が増すというものでもないし、それ以外はテレビドラマと大差のない映像だ。でも、一つ一つの場面が、話も美術も役者の芝居もどこか魅力的で、大画面でしっとりと見てみたいという気にさせてくれる。
 こういうのが本物の『映画』なんだろうね。

● お薦め
 (↓オチです)
 ランディは、収入も生活も、いや恋人や娘すら、もはやどうでもよくて、リングの上こそが自分の死に場所と悟り、最後の試合に臨む。
 終盤近く、ランディの心音が聞こえてくる。そしてランディは光の中でトップ・ロープからジャンプする。
 彼はどこへ飛んだのだろう?

 終わり方も余韻たっぷりな見事な映画。お薦め。
 いやいや。必見だね!


画像
ふっか〜つ!

画像
廃墟となったカジノを訪ねるランディとステファニー
古き良き時代のフランス映画のようなカット
映画全体からは少しズレるけど、一番好きな絵だ


(*1) 観客の娯楽のために身体も人生もボロボロになる。
 ランディの“ラム(子羊)”というリングネームには、観客のために自らを犠牲とするキリスト的な意味があるのかも……、なんちゃって。

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まあ、評論やレビューといったほどのものではございませんが。

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