ハムイチの棲み家

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画の感想文 [705] フェリーニのローマ

<<   作成日時 : 2014/04/19 23:06   >>

トラックバック 0 / コメント 0

【フェリーニのローマ】
原題:FELLINI'S ROMA
製作国:伊国
製作年:1972年
日本公開:1972年10月
監督:Federico Fellini(フェデリコ・フェリーニ)

===== あらすじ(途中まで) =====
 ローマから340kmの街で生まれ育った少年が、戦争中にローマへ出てきてアパート暮らしを始め、映画監督となって30年後のローマの映画を創る。

===== 感想 =====

● 理論じゃない
 この映画にストーリーはほとんどない。一応、監督自身の少年・青年・壮年時代らしき登場人物は出てくるのだが、主役というほどの位置付けではない。
 映画の主役はローマそのものということだ。
 しかも、戦前・戦中・戦後といった場面はあるものの、ローマについて時代の変遷を描こうとするものではない。「昔は良かった」だの「ローマはすっかり堕落した」だの「昨今の若者はセックスばかりだ」だのといったような、年寄り臭いというか、ベタでノスタルジックな都市観は、あくまでフェイクだ。そして、若者との会話にあるとおり、教育制度や労働問題、さらには堕落などのローマにおける社会問題も関係ない。

 あくまでもローマそのもの、監督がイメージするローマそのものを描写した映画だ。

 この映画を観るときに大事なのは、珍妙な観念論や映画論ではなく、監督がローマそのものにどういう思いを抱いているかということを、感覚的に感じ取ることなのだろう。
 監督は映画の中ではっきり言っている。
 「映画は理論じゃない」

● ローマとは
 さらに自分自身の役の人物にはっきりと語らせている。すなわち、監督の意図は、
 「ローマの喧騒を撮りたかった」
 であり、
 「ローマは処女にして雌オオカミ、貴族にして売春婦、道化でもある」
 なのだ。
 古代ローマの建国神話で雌狼は最重要なものであり、大昔からローマの象徴が雌オオカミであることを知っていれば(*1)、これほどテーマやメッセージが判りやすい映画はないといえるだろう。

● フィレンツェとナポリ
 ローマを取り巻く高速道路の脇には、『FiRENTZE』や『NAPOLI』と書いたカードを掲げるヒッチハイカーがいる。その他の場面でもこの二つの街の名前はところどころ出てくる。
 これは他の街の特徴を語ることを通じて、ローマという街の性格を表そうとするものなのだろう。

(映画館での)「フィレンツェはのどかな小春日和」
(アパートの)「ここが食堂よ。フィレンツェ風でしょう?」
 といった台詞から、“おしゃれなフィレンツェ”というイメージを感じる。

 一方、“ナポリは無粋な田舎”ということらしく、ナポリから来たサッカーのサポータのバスに向かって、
「腰抜け、田舎に引っ込んでろ!」
 と怒鳴りつけるほどだ。

 で、ローマはこの両市の中間の性格ということらしい。

● 幼少期の想像
 幼少期はローマへの想像を描く場面が多い。
 冒頭は、死神のように大きな鎌を持った三人の魔女(これは何だろう? マクベスはイギリスだし……)を思わせる農婦の影絵だ。
 教師に連れられてルビコン川を渡った思い出が、シーザー暗殺の「ブルータス、お前もか」というシーンにつながる。
 映画館で見かけた薬剤師の妻が車の中で多くの男たちと淫らなことにふける姿を想像し、それが第4代ローマー皇帝の淫乱な妃メッサリナ(*2)とそれを取り巻く男たちに変化(へんげ)してしまう。彼女が赤い透けたドレスで踊る姿は、DVDのパッケージにもなっている。
 駅でローマ行きの汽車をあこがれるように見詰めるシーンで、幼少期は終わる。

● 青年期の喧騒と性
 青年期は喧騒と性だ。
 駅の喧騒、雑居アパートの雑然とした無秩序ぶり(そこのルールは、神を敬い、男女トラブルを起こさないことぐらい)。夕食は路上のレストラン――路面電車の線路ぎりぎりまでテーブルを並べ、大勢の住民が喧しくおしゃべりをしながら食事を楽しむ。そして真夜中になれば、人気(ひとけ)が絶えて暗闇となった通りに豊満な娼婦が立つ。
 そして演芸場と娼館の様子は喧騒そのものだ。灯火管制下で息を潜める防空壕の場面こそ静かだが、夜が明けて知り合ったばかりの婦人の家へ誘われると、すぐに空襲警報のサイレンが喧しくなり始める。

● 壮年期の退廃
 壮年期は退廃あるいは衰退だろう。
 ローマは、まじめに仕事をしない者だらけ。高速道路の料金係はサッカーの実況が気がかり。道端には娼婦が立っているが、車の渋滞を理由に仕事をサボって昼間から遊ぶ客がいるのだろう。そしてシエナ広場の若者は「ローマの人間が働くものか」と毒つき、「堕落したのはローマだけじゃない」と無責任に居直る。
 地下鉄工事はしょっちゅう共同墓地などの遺跡にぶつかって、ちっとも捗らない。撮影中に古代ローマの屋敷跡を発見し、見事なフレスコ画や浮き彫りをみつけるが、外気に当たって、それらは忽(たちま)ちのうちに風化してしまう(*3)。ローマの衰退と破滅の象徴だろうか。

● 絵の面白さ
 この映画では色々な場面がオムニバスのように連なるのだが、その中のどれが一番面白いと思うかというのは、観る人の好みが現れるところだろう。
 僕の場合、一番のお気に入りは教会ファッションショー、次いで演芸場だ(教会については後述)。

 演芸場では、ボレロのバチモンのようなバレエとか、チャプリンをパクった芸人が登場する。客層もろくでもなくて、席で飲み、食い、吸い、しゃべり、歩き回る。とにかく下品で自分勝手。まるで学級崩壊した小学校のようだ。こうした様子が、誰が主役ということもなく、巧みに撮られている。

 ほかにも断片的に面白い“絵”がたくさんある。例えば、
 馬や手押し車までもが走る雨の高速道路、
 照明弾に浮かぶ古代の墓の廃墟やコロッセオ、
 家が空襲にあったと泣き叫ぶ女と、様子を見るために急いで走り去る男の影絵、
 娼館できょろきょろと女の品定めをする目線(カメラの移動によるPOV的表現)、
 などなど。
 いずれも天才的な絵だ。

● 教会
 教会ファッションショーでは次々と斬新なデザインの法衣がプレゼンテーションされる。一つ一つのファッションのアイデアがなんとも奇抜だし、ショー全体の構成も面白い。最後は法王らしき人物が登場して、会場全体が異様に盛り上がり、女性は「パーパ、パーパ(Papa=pope=法王)」と呼びかけて陶酔する。

 この監督の映画において、教会や聖職者は定番だ。しかしそのスタンスは厚い信仰心を描くものではなく、かといってイデオロギー的に批判するものでもない。
 この映画では教会のファッションショーというパロディが描かれる。そこに登場するファッションはどれも悪趣味で皮肉に満ちていて、まさに道化だ。教会を神秘的に奉る気持ちは感じないが、さりとて教会を冒涜するといった匂いも感じない。

 ヒントはドミティラ姫と枢機卿との会話だろう。
 枢機卿は子供の頃にミントのリキュールを一瓶盗み飲みした“わんぱく”な思い出を語る。それを聞いたドミティラ姫は
「信じられませんわ、子供の頃から聖人かと」
 とお世辞で応対する。
 他愛ない会話だが、とても重要だと思う。

 ドミティラ姫が「信じられない」と言うのはもちろん本心ではない。枢機卿のわんぱくぶりに、嫌悪感や意外な気持ちを示すことはないのだ。
 つまり、ローマっ子にとって、教会の聖職者は尊敬する立場ではあるものの、神ではなく、あくまでも人間なのだ。聖職者が人間臭い要素を持っていることなど、日常的に接しているなかで常に感じている感覚なのだ。
 したがって教会ファッションショーが俗悪なのは、ローマっ子にとって聖職者の日常からかけ離れたことではない。あからさまに教会を冒涜するものでもない限り、こうしたファッションショーはパロディとして受け入れ可能な許容の範囲内なのだろう。

 そしてこれは、この監督の教会に対する感覚そのものの現れなのではあるまいか。
 すなわち、彼にとって教会や聖職者は信仰と尊敬の対象であり、日常的で人間臭い身近な存在でもある。ただし、大衆などの信仰する側には、敬虔だけでなく、時として堕落や冒涜もある。
 どうだろう?

● まとめ
 オオカミやメッサリナ以外にも、ローマの伝統や歴史に関わるネタがたくさんあるのだろう。僕は疎いのでほとんど気づくことはできていないようだ(*4)。
 う〜ん、もう少し知性があればもっと深く興味の持てる映画なのに……。残念。

 旅行好きで、特にローマに詳しい人は、目が離せない映画じゃないかな。
 そうでなくても、とにかく映像そのものを楽しめる映画。


(*1) 劇中のムッソリーニの革命パレードの映画で「ロムルスの子孫」という言葉が出てくる。ロムルスとは伝説上の初代ローマ王で、子供のとき雌オオカミに育てられた。
 余談だが、サッカー好きなら、A.S.ローマのエンブレムが狼であり、ユニホームにそのデザインが描かれることがあるのは有名。

(*2) 娼館に潜り込んで一晩に25人の男を相手にしたという伝説があるらしい。

(*3) 一般的に、遺跡発掘では、掘り出した瞬間に出土品の色がみるみる変色してしまうというのはよくあることらしい。空気の影響は侮れないのだ。

(*4) 例えば、映画館にスウェーデン女優の Greta Garbo のポスターがあるのはなぜか。終盤になって米国人作家に「無干渉主義」や「幻想」や「終焉・興亡・自滅・崩壊」を語らせるのはなぜか……などなど、よく分からない謎は多い。

画像
ベッキー……じゃないよ。
淫乱メッサリナの化身

画像
死神あるいは魔女のような農婦

画像
コロッセオを取り巻く渋滞

画像
ボレロのバチモン

画像
教会ファッションショー

画像
教会ファッションショー

Federico Fellini(フェリーニ)の映画の感想
 ⇒ 寄席の脚光
 ⇒ 白い酋長
 ⇒ 青春群像 (ちょっと待ってね)
 ⇒ 道
 ⇒ 崖 (ちょっと待ってね)
 ⇒ カビリアの夜
 ⇒ 甘い生活
 ⇒ 8 1/2
 ⇒ 魂のジュリエッタ
 ⇒ サテリコン
 ⇒ フェリーニの道化師
 ⇒ フェリーニのローマ (今回の書き込みです)
 ⇒ アマルコルド
 ⇒ カサノバ
 ⇒ オーケストラ・リハーサル
 ⇒ 女の都
 ⇒ そして船は行く
 ⇒ ジンジャーとフレッド
 ⇒ インテルビスタ
 ⇒ ボイス・オブ・ムーン

 ⇒ このブログのトップへ
 ⇒ 映画の感想のインデックス(作品名順)
 ⇒ 映画の感想のインデックス(監督名順)
 ⇒ 映画の感想のインデックス(テーマ別(?))

 ⇒ 映画(全般)ブログランキングへ
 ⇒ にほんブログ村 映画ブログへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

映画の感想文 [705] フェリーニのローマ ハムイチの棲み家/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる