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zoom RSS 映画の感想文 [832] ノスフェラトゥ

<<   作成日時 : 2015/06/07 10:17   >>

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【ノスフェラトゥ】
原題:Nosferatu: Phantom der Nacht
製作国:西独、仏国
制作年:1979年
日本公開:1985年12月14日
監督:Werner Herzog(ヴェルナー・ヘルツォーク)
出演:Klaus Kinski(クラウス・キンスキー), Bruno Ganz(ブルーノ・ガンツ), Isabelle Adjani(イザベル・アジャーニ)

===== あらすじ(途中まで) =====
 運河と風車のある街で不動産業を営むジョナサン・ハーカーはトランシルヴァニアへ出張することになった。その地の旧家であるドラキュラ伯爵に新しい屋敷の商談をするためだ。トランシルヴァニアはヨーロッパの奥深いところにあり、心配する妻ルーシーを家に残し、ジョナサンは4週間の長旅に出発した。
 ドラキュラ伯爵は廃虚のような城にひっそりと住んでいた。近隣の住民は恐れて近づこうとせず、ようやく夜中に到着しても、使用人の姿も見えない。伯爵は死人のように青白く陰気な顔立ちで、やせ細った体に黒い服とマントをまとっていた。屋敷の売買はすぐに話がまとまり、契約書を取り交わすことになるが、なぜか伯爵はジョナサンが身に付けていたルーシーの写真に執着を見せた。そのころ、ルーシーは悪夢にうなされ、ついには夢遊病のように歩き回るようになった。
 数日後、ジョナサンは伯爵に寝込みを襲われた。鼠のような前歯で首に噛みつかれ、気を失うまで血を吸われたのだ。翌日、意識の戻ったジョナサンは城を抜け出そうとするが、すべての門には鍵がかけられていた。夜になって外の様子をうかがうと、伯爵が棺桶に隠れて城を出発するところだった。このままではルーシーも危ないと悟ったジョナサンは、窓から脱出を試みるが、すぐに高熱を出して倒れてしまう。

画像

===== 感想 =====

● 吸血鬼
 タイトルの「ノスフェラトゥ」とは当地の言葉で「吸血鬼」のことだそうな。
 有名なブラム・ストーカーの『ドラキュラ』を原作とするものだ。(実際には1922年に映画化された『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイクとのこと。)
 日光やニンニクがだめとか、姿が鏡に映らないとか、僕らが知っているドラキュラの特徴はほぼ踏襲されていて、大きな違いは次のようなところかな。
a 髪形がオールバックではなくスキンヘッド
b 牙が犬歯ではなく前歯
c したがって歯並びはオオカミ風ではなくネズミ風
d 大量のネズミを使って街にペストを蔓延させる

 dは、ドラキュラは死神であり、悪魔であるということを象徴する行為らしい。でも、自分の餌である人間の数を激減させてしまうので、あまり賢い策とは思えない――って、そこを突っ込んじゃダメ!

● 引いた映像
 映像の密度は濃い。コテコテに濃い。
 何しろ映画の出だしは、いきなり何体ものミイラ化した死体のアップ。不気味な音楽が響く中、集団墓地を掘り起こしたような映像が3分近くも続く。まったく気色悪いったらありゃしない。
 何を考えとんじゃ、この監督は!

 いやいや、この監督の得意技は少し引いたショットのようだ。

 例えば序盤にジョナサンが運河の畔を歩くシーン。
 ロングショットとエキストラの演出がすごい。すこし引いたカメラの前には、まるですべてを作り込んだんじゃないかと思わせるほど見事に整った町並みが広がり、エキストラが住民をごくごく自然に演じている。奥行も深く、遠くのほうの住民までもがきちんと決められた芝居をしている。
 全体的にレトロではあるものの、清潔で文化的な街に健全な住民が暮らすというイメージが醸し出される。これは重要な伏線で、終盤、この町がペストに冒された不潔な死の町になることへの対比だ。

 あるいは、ジョナサンが岐路を急ぐときの馬車のシーン。
 沼の真ん中を断ち切るような中道を馬車が通り抜けていく。沼の水面は鏡のようになっていて、馬車の姿は手前に反射し、見事に上下シンメトリーな絵になっている。
 ご存じのとおり、ドラキュラ映画で鏡は重要アイテムだ。吸血鬼は鏡に映らないのだが、このシーンでは馬車の中のジョナサンの姿が水面に映っている。血を吸われたけど、まだ吸血鬼になっていないということだ。
 いやいや、ここで有用なのはそんな理屈っぽいネタではない。絵の美しさそのものを味わうシーンだろう。中道には並木が植わっているけれど、その間隔が心地良いリズムになっていて、馬車が通り抜けることで音楽を奏でているかのような呼吸を感じる。そして水面に映る鏡像。
 すごい映像だよね。

 半ば過ぎの葬列のシーン。
 街の中央の広場に、いくつかの列になって多くの棺桶が運びこまれてくる。俯瞰したロングショットが映す映像は、まるで異形の列となって不吉で陰気な雰囲気を醸し出している。町が死に乗っ取られているのだ。
 見事な隠喩。驚いてしまう。

● 接近した映像など
 一方で、接写された映像は、なぜか滑稽な印象になるものが多い。
 例えば、伯爵の城にあった悪趣味なカラクリ時計。ルーシーの目張りや伯爵の前歯などのメイクのアップも、どこか滑稽。

 あるいは、恐怖や不気味なシーンの映像も強烈だ。

 僕がこの映画で一番怖いと思ったシーンは、伯爵の棺を載せた帆船が街に到着する場面だ。乗組員は全員、消失あるいは死亡し、幽霊船のようになって街をめざして海を進み、最後は運河に入り込んで接岸する。まるで邪悪の塊が到着したかのような不気味さ。
 ちょっと鳥肌が立ってしまった。

 続いて、丸々太った鼠の群れの映像。これは別の意味で強烈。「不浄な死」がこの町に蔓延していくことを予感させるけど、恐怖よりは嫌悪を感じるところだ。

● ドラキュラと役者
 ドラキュラ伯爵を演じるのはクラウス・キンスキー。もともと野性的で濃い顔だちなので、病的で陰気なドラキュラというのはかなり無理がある。そこを敢えて配役したのだろうけど、確かに「怪演」といった風情はあるものの、なんとなく滑稽な感じのほうが強く、トータルで見れば失敗だろう。

 ルーシー役はイザベル・アジャーニ。魔物を呼び寄せるような怪しい魅力を秘めた上流の夫人という雰囲気。すごい目張りがいまどきのギャル風だけど、素がまるで違う。きれいで上品な化粧をすればきっと透明感のある美人になるのだろう。

 ジョナサンを演じるのはブルーノ・ガンツ。いまやヒットラーが当たり役というイメージが強いのだけれど、この映画では、とにかく若い。ただし、それ以外の印象は薄い。もう少しインテリな役であれば、フィットするんだろうけどね。

● 難
 やばいと思うほど怖い場面はない。むしろ伯爵などは滑稽に見えることが多く、かといってコメディタッチにするでもない。素直にホラーと見るなら、この作品は失敗作だろう。
 でも、映像のいくつかは天才的。これを見るだけでもレンタル代の元は十分にとれると思うよ。


画像
食事をする「食事」を見つめるドラキュラ伯爵

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ルーシー

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水面に映る姿

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広場

オリジナルの感想
 ⇒ 吸血鬼ノスフェラトゥ

ヘルツォーク(Werner Herzog)の映画の感想
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