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zoom RSS 映画の感想文 [1058] ゴースト・イン・ザ・シェル

<<   作成日時 : 2017/04/08 00:50   >>

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【ゴースト・イン・ザ・シェル】
原題:Ghost in the Shell
製作国:米国
製作年:2017年
日本公開:2017年4月
監督:Rupert Sanders(ルパート・サンダース)
出演:Scarlett Johansson(スカーレット・ヨハンソン), Johan Philip Asbk(ピルー・アスベック), ビートたけし

===== あらすじ(途中まで) =====
 ミラ・キリアンは、事故で脳以外のすべてを損傷し、ハンカ・ロボティックス社によって世界最初の全身義体とされた。ハンカ社社長カッターの考えで、ミラはサイバーテロ対策専門の公安9課のメンバーとなり、荒巻課長や仲間のバトー、トグサ、イシカワたちから少佐と呼ばれるようになった。
 1年後、クゼという謎の男によって、ハンカ社の技術者が次々と殺される事件が発生した。捜査を進めるうちに少佐は自分の過去に疑問を抱くようになり、ハンカ社で治療を担当するオウレイ博士も信用できなくなった。
 少佐は公安9課と連絡を絶ち、かすかな記憶を辿って街をさまよい、ついに自分がかつて草薙素子という少女だったことを突き止めた。

===== 感想 =====

● 設定
 攻殻機動隊の実写版。内容は、主にアニメ映画の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)をベースとし、『イノセンス』(2004年)あるいはテレビアニメの『S.A.C.』や『S.A.C. 2nd GIG』などからのエピソードが盛り込まれている。
 登場人物は、9課の関係では主に少佐(最初はミラという名前で、終盤に素子と明かされる)、荒巻、バトーの3人の出番が多く、トグサはあまり活躍せず、イシカワやサイトウはほとんど目立たない。一番残念なのはタチコマたちが登場しないことだけど、劇場版ではやむなしだな。
 敵役では「人形遣い」と久世を足し合わせたような「クゼ」が登場し、この映画のオリジナルらしきカッター社長がラスボスのような立ち位置になる。
 また脇役には、イノセンスのミス・ハラウェイに似たダーリン博士というのがいる。
 一番の注目は素子の母親が登場すること。素子の出生や幼少期がアニメと大きく異なり、義体になる年齢も全く違った設定になっている。

 こうした設定上の改変に不満を持つ人は多いだろうな。さらに役のビジュアルも微妙に違っていたりするので、「こんな映画は攻殻じゃねえ!」と貶(けな)す人も多いかも。
 僕はオリジナルと映画化作品は別物であるのが当たり前と思うので、この程度の改変など、これも一興かなと楽しんでいるけどね。

● 悩み
 タイトルには「ゴースト」と「シェル」という二つのキーワードが含まれている。シェルは「殻(から)」ということで義体だな。そしてゴーストは義体の中の心の部分。ソウルやスピリットとはちょっと違って、人間を人間たらしめるもののことだ。
 攻殻のアニメなどでは「ゴースト」は記憶と重なる部分が多く(*1)、だからこそソウルでもスピリットでもない用語が使われる。一方、この映画では「人間が人間であるのは記憶によるものではなく、何をしようとするかという意思によるもの」と明確に主張していて、本来の「ゴースト」という用語の意義が薄れている。
 ここは製作国のキリスト教的な考えの影響かもね。

 そのため、映画全体を貫く「素子の悩み」もオリジナルとは別物となっている。
 アニメの『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では、全身義体の素子は人間とプログラムはどこまで融合できるのかという問題に悩み、その答を得るために自らネットの世界へ行ってしまうのだが、これは現代社会における人工臓器や臓器移植、さらにはクローン技術などへの根源的な問い掛けというメッセージを持っていた。
 一方、この映画では、素子は単に自分の出自の謎に悩むだけだ。最近のロボットやクローンものなどにありがちなベタな設定なわけで、例えば『セルフレス/覚醒した記憶』(2015年)と同じようなもの。そこに哲学的な要素は無い。
 おかげで押井節のような駄弁が無いかわりに、映画全体のトーンが軽い印象になっている。これは好き好きだな。

● 外見
 映像上は「シェル」にも注目だ。つまりビジュアルね。

 素子役はスカーレット・ヨハンソン。
 元々グラマーで、しかも最近の『ヘイル、シーザー!』(2016年)の水着姿はすっかりオバサン体形だったので、失礼ながら「少し太いかな」と心配したけど、やはりイメージが微妙に違う。アニメではもっと腰が細く、筋肉質に絞まった体形なのだ。若いころのケイト・ベッキンセイルとかナターシャ・ヘンストリッジの方が合ってるなとは思うものの、スカーレット・ヨハンソンの一種独特の幼いような愛くるしさというのがアニメっぽくて、これもありかなと思う次第。
 母親役の桃井かおりと抱き合うシーンの出来栄えなど、やはりスカ様は美人女優だと再確認。

 バトーを演じるのはピルー・アスベックというデンマークの俳優。
 いくつか脇役を見ているようだけど、全く記憶にないな。今回は、キーファー・サザランドに似た顔立ちで、身体を一回り大きくして胸を厚くしたというビジュアル。なかなかの存在感で、「頼りがい」のあるバトーさんになっていた。

 荒巻役はビートたけし(クレジットはそうなっていたと思う)。
 痩せてないし、アゴ髭もないし、額もさほど後退していない。ビジュアル的にはだいぶ違うけど、まあアリかな。観る前は、椅子に座って9課のメンバーに指示を出すくらいの出番と思っていたら、かなり重要なアクションを演じる。ちょっとびっくり。
 相変わらず台詞や芝居は下手糞だけど、存在感はバケモノ。役者だよ。

 もう一人、気になるのがオウレイ博士役のジュリエット・ビノシュ。
 この役、彼女じゃなくてもとは思うけど、もしかしたらフランスで公開するときの客寄せ用――なんてことはないよね。

● 場面
 この映画の中では、オリジナルの印象的な場面のいくつかが、微妙に変化を付けて再現されている。
 例えば冒頭のタイトルバック。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では素子の脳のスキャンから始まるけど、今回は脳のシナプスと義体のシナプスが絡み合うところから。オリジナルでは記憶だけが重視されていたわけだ。なお、義体が仕上がるときに身体の表面が一皮むけるところなどは同じ。
 悩み始めた素子が海に潜ったり、街を徘徊したりなども重要なシーン。オリジナルでは、ボートの上での素子の独白の背景が驚異的な映像だったけど、今回は素子もバトーも生身の役者なので、ちょっとロマンチックなシーンに仕上がってる。一方、徘徊シーンについては、今回は街が騒々しくなりすぎたし、素子のドッペルゲンガーが出現するのは部屋の中だし(*2)、ムードが出ていない。好きなシーンなだけにちょっと残念。
 クライマックスの多脚戦車とのバトルシーン、特に腕をもいででもハッチをこじ開けるシーンは秀逸。
 ほかにもお馴染みのシーンが盛りだくさん。なかなか楽しいぞ。

● お薦め
 例によって、原作至上主義だとこの映画はただの汚物だろうな。
 でも、攻殻や素子やバトーの素朴なファンであればアニメ版のイメージが膨らむはずで、是非、観たほうがいいと思うよ。


(*1) 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の人形遣いの台詞によれば、
「種としての生命は、遺伝子という記憶システムを持ち、人はただ記憶によって個人たりえる」
 珍妙な論理だけど、今思うと、珍妙なりに一種独特の個性的な世界観を作り出す論理だったわけだ。

(*2) 一瞬、鏡像のように思えたけど、はっきり違うものとわかる。

画像

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