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zoom RSS 映画の感想文 [1062] カスパー・ハウザーの謎

<<   作成日時 : 2017/04/15 12:48   >>

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【カスパー・ハウザーの謎】
原題:Jeder fur sich und Gott gegen alle
製作国:西ドイツ
製作年:1975年
日本公開:1977年1月
監督:Werner Herzog(ヴェルナー・ヘルツォーク)
出演:Bruno S.(ブルーノ・S)

===== あらすじ =====
 19世紀のドイツ。永年、牢獄に鎖でつながれていた若者が、一人の老人によって外へ連れ出された。その若者は言葉を理解できず、満足に歩くこともできなかったが、老人に「カスパー・ハウザー」という名前を書くことを教えられ、さらに歩き方を仕込まれると、明け方、田舎町の広場に放置された。
 カスパーは街の人々に保護されるが、多くの好奇の目にさらされ、近隣の学者らも興味を持って訪ねてきた。カスパーは言葉を覚え、さらに芸術的才能なども見せるようになっていく。しかし、次第に世間の関心は薄れ、ついにサーカスに売られて見世物にされるが、幸い、彼の才能を見込んだ貴族のダウマーに引き取られることになった。
 平穏な日々が続いたある日、突然、カスパーは何者かにナイフで刺殺された。
 カスパーの正体も、彼を殺した犯人も、すべてが謎のままだ。

===== 感想 =====

● 実話
 19世紀に実際にあった事件を元ネタにした作品。当時はカスパーが名のある貴族の隠し子ではないかといった噂などで盛り上がったらしいが、僕らが知っているような人物ではなく、およそどうでもいい事件という感じ。
 最後は唐突に殺されるのだが、その犯人像についても、やはりどうでもいいと思えてしまう。何かしらドンデン返しのような意外性もなければ、波乱万丈といった起承転結もない。どうにもどうでもいいお話なのだ。

● 無知
 テーマらしきものを考えると、カスパーと他の人々との関係が、無知や無垢に対する文明や世俗の対比ととれないこともない。人間の能力や人柄は、表面的なことで判断してはいけないとか、我々こそ世界を分かったつもりの無知な存在なのだとか、ベタなメッセージはいくらでも後付けできそう。
 終盤、カスパーは自分が見た夢を語る。その内容は、人々が霧の中で死神が待つ山の頂を目指すというものだ。これは強烈な比喩になっているのかもしれない。つまり、我々は無知なまま滅亡へ向かって進んでいる、あるいは人間は霧の中を手探りで死に向かう存在だといった比喩ではないかということ。
 でもちょっと浮いたメッセージだな。

● エセ自由
 そもそもカスパーが自由に見えるのは、一人で生きる能力が無いにもかかわらず、珍獣のように稀少がられるため、生活の苦労が無いからだ。
 彼の言葉から、彼をさも自由の象徴に見るなど、およそトンチンカンだよなあ……。

 あるいは、カスパーは、文明を刷り込まれていない野生の象徴とか?
 でも、彼が町の人々に助けられたこと自体が、彼が文明の恩恵によって生存可能な存在だという証だし……。
 いずれにしろ、文明と野生の対比というほどの内容ではない。この監督の作品でいえば、文明と未開の爽快で愉快なコラボレーションを描いた『フィツカラルド』どには比ぶべくもない。

● 不衛生
 この映画の映像は好きになれない。全体的に不衛生な時代のヨーロッパというイメージが強いのだ。
 何もかもが暗く、汚い。とりわけ埃(ほこり)まみれ、垢(あか)まみれで、すえた臭いが漂ってきそうな衣と住。まずくて不衛生で腐臭がしそうな食と飲。そして体中に妙な湿疹や痒(かゆ)みがあり、しょっちゅう体を掻きむしっていそう。
 こんな雰囲気なのだ。
 もしかして19世紀のドイツの田舎のリアル表現なのかもしれないけれど、さすがにきつい。
 僕は「パス!」だ。


ヘルツォーク(Werner Herzog)の映画の感想
 ⇒ アギーレ/神の怒り
 ⇒ カスパー・ハウザーの謎 (今回の書き込みです)
 ⇒ フィツカラルド
 ⇒ ノスフェラトゥ
 ⇒ コブラ・ヴェルデ

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