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zoom RSS 映画の感想文 [1072] ソーシャル・ネットワーク

<<   作成日時 : 2017/05/09 11:28   >>

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【ソーシャル・ネットワーク】
原題:The Social Network
製作国:米国
製作年:2010年
日本公開:2011年1月
監督:David Fincher(デヴィッド・フィンチャー)
出演:Jesse Eisenberg(ジェシー・アイゼンバーグ), Andrew Garfield(アンドリュー・ガーフィールド)

===== あらすじ(途中まで) =====
 2003年の秋、ハーバード大学のマーク・ザッカーバーグは、ガールフレンドのエリカに振られた。学生寮に戻っても気持ちの収まらないマークは、友人のサベリンに協力してもらいながら、女子寮の全女子学生の顔写真を載せて男子学生に投票させるサイト「Facemash」を作った。そのサイトの評判はあっという間に広まり、一晩で数万アクセスが来るほど注目された。
 後日、大学のサーバを不正に使用したことでマークは事務局から観察処分を受けるが、エリート学生のウィンクルヴォス兄弟とナレンドラから協力を持ちかけられた。それは「ハーバード・コネクション」という、学生同士のコミュニケーションのためのサイトの立ち上げだった。
 マークはこれに加わる一方、サベリンに資金を集めさせ、友人のダスティンやクリスも誘って独自のサイトの製作を始めた。ユーザーを増やすため、東海岸のアイビーの大学だけでなく、西海岸のスタンフォードなどにも働きかけ、パロアルトでナップスターを立ち上げたショーン・パーカーも加わることになった。
 彼らが製作したのは「Facebook」となるサイトだが、設立時の複雑な経緯が、後に大きな訴訟問題を引き起こすことになる。

===== 感想 =====

● 社会スキル
 SNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)の一つであるフェイスブックの立ち上げの逸話。
 ITが題材だけど、理系的なネタは多くはなく、プログラミングに関するネタも僅かだ。技術的なことよりも、人間的なことに着目してる。
 だから映画のタイトルも、「SNS」あるいは「ソーシャル・ネットワーク・システム」ではなく、「ソーシャル・ネットワーク」なのだろう。「システム」の話は控え目なのだ。「social network」は辞書的に直訳すれば「社会的(情報)網」となる。すなわち人と人との「社会的つながり」が、この映画のタイトルということになる。
 主役は学生のうちから起業して、世界的な会社のオーナーになった。ところがそうした成功物語にありがちな苦労話よりは、創業当時のどろどろとした人間関係の生臭さを採り上げたものということだ。

 あるいは、皮肉な言い方をすれば、主役であるマーク・ザッカーバーグが、社会的に的確な情報のやり取りができない人間であることを描く映画ということかも。
 彼の社会スキルの低さ、それも経営面でのスキルの低さと人間らしい付き合いのスキルの低さが、いろいろな不幸を招くことになる。

● ITスキル
 そうなるとマーク・ザッカーバーグの別のスキルはどうなのか、特にITスキルはいかほどのものかということが気になってくる。
 大学の授業では、ビット処理のレベルでの(おそらくデータ管理の)難問をけろりと解いていたので、情報処理の基礎理論などの能力は高く、またハッキングなどのスキルが高いことも間違いないだろう。
 この映画の中で彼が最初に作るシステムは「Facemash」だ。それを作るときにサベリンに協力を求めるが、マークが欲しがったのはアルゴリズムだ。サベリンは簡単な式を窓に書いて見せるが、おそらく投票を集計してランク付けするための式なのだろう(*1)。マークはそれをプログラムに落とし込み、女子寮のサーバからデータを盗み出す作業を行っていた。
 一方、フェイスブックの立ち上げでは、友人のダスティンをコーディング担当の副社長兼チーフプログラマにしている。さらに新人プログラマの採用試験ではハッキングの速さを競わせている。これらのシーンから推測すると、フェイスブックの普及バージョンにおいて、実際にプログラムを作ったのはマークではなかったようだ。

 マークは、やれと言われれば高いプログラミング能力を見せることができる。しかし、実務においてはニーズとプログラミングとを繋ぐアイデアの部分において、抜群のセンスを発揮したということなのだろう。

● 恋愛スキル
 もう一つ気になるのが、マーク・ザッカーバーグの恋愛スキルだ。
(マークは男なので、ここからは女にもてるかどうかという視点で、感想を書くことにする。)
 これはもう絶望的と描かれている。

 実は、彼の恋愛を語るには、彼がハーバードの大学生というところにも着目しないといけない。
 ハーバードのような名門伝統校では、エリートとそうでない者とで格差がはっきりしている。そしてマークは非エリート側とみなされ、いわゆる「もてる」部類ではない。そんな彼にとって、映画の冒頭や最後など、要所要所に登場するエリカは貴重な存在だったのだ。
(なお、マークはエリートか否かという格差など気にもとめないが、サベリンはエリート側になろうとした。その行き違いが、やがて二人を決別させることになる。)

 さらにハーバードやエールなどのアイビーのトップクラスになると、30歳になる前に資産1億円を超える者ががごろごろいる。と言うよりそれくらいの金持ちにならないと、彼らの世界ではオチコボレとみなされてしまう。学生のうちから、数年で億万長者になる準備が始まるわけだし、その目途が立たないような男は「まともな女」にはもてないという環境なのだ。
 マークは、有名になるとアリスなどの女性からちやほやされるようになるが、ダンスクラブのトイレでセックスするような女どもで、あまり「まともな女」ではない。その後も「まともな女」と付き合っているようなエピソードはない。
 結局、マークの恋愛スキルはダメなままなのだ。

 映画の最後は、マークがエリカのフェイスページに友達申請をしては拒否られることを繰り返すというもの。いくら大金持ちになろうと、最後はエリカのように「まともな女」を求めるし、彼の恋愛スキルではそれが叶わないということだ。
 切ない。

● 虚実の色
 映画の内容をすべて信じると、マーク・ザッカーバーグはスティーブ・ジョブス並みの糞野郎ということになってしまうが、さて、こうした話はどこまで本当なのだろう?

 終盤近くに女性弁護士のデプリーが答を言っている。
 この映画はサベリンらの訴訟をベースとしたストーリーだが、そうした訴訟で語られることは、85%は誇張、15%は捏造なのだそうだ。この映画の内容についても、そのスタンスで観ることが必要だな。

 なお、映像的には、ボストンが舞台の場面ではセピア色のトーンになっている。これはボストンという街やハーバードという大学が持つ伝統の色合いなのだろう。一方、パロアルトなどの西海岸の場面では、明るい色調になる。これは開放的な先進性ということだな。
 こうした色使いそのものが、そもそも虚実を誇張するものなわけだ。

 マーク・ザッカーバーグを演じるジェシー・アイゼンバーグは、合ってるなと感じる程度。むしろサベリンを演じたアンドリュー・ガーフィールドのほうが印象に残りそう。

● 現代の象徴
 もう一度タイトルに立ち返ろう。
 この映画は「社会的つながり」のスキルに欠けた一人の若者が、「社会的つながりのシステム」を作って大儲けしたというお話。皮肉なスタンスの映画タイトルなのだ。
 これが現代を象徴する出来事ということだ。


(*1) 「Facemash」は、画面に二人の女性の顔写真を載せてユーザーにどちらがいいかを投票させ、それを次々と繰り返すというもの。バックヤードでは結果を集計してランキングを行っていることになる。
 こうした一対比較の集計の場合、例えばAHPなどでは、比較の対象すべてを行と列に並べた一対比較表を作り、固有値を計算して第1固有値の固有ベクトルをウェイトとするという計算が行われる。サベリンが書いた式はもっと単純なものなので、エンドユーザーが入力する都度すぐに最新の結果が出るように、比較の対象が数百程度という前提を置いたときの簡略的な式なのだろう。

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