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zoom RSS 映画の感想文 [1089] ハクソー・リッジ

<<   作成日時 : 2017/06/28 13:39   >>

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【ハクソー・リッジ】
原題:Hacksaw Ridge
製作国:米国
製作年:2016年
日本公開:2017年6月
監督:Mel Gibson(メル・ギブソン)
出演:Andrew Garfield(アンドリュー・ガーフィールド), Sam Worthington(サム・ワーシントン)

===== あらすじ(途中まで) =====
 ヴァージニア州の田舎町に生まれたデズモンドは、アル中で暴力的な父を持ち、幼いころに兄弟喧嘩で兄に大怪我を負わせ、それ以来「汝、殺すなかれ」という聖書の教えを深く胸に刻むようになった。
 15年後、第二次世界大戦の最中、近隣の軍需工場に勤めるデズモンドは、事故の怪我人を助けたことがきっかけとなって、看護師のドロシーと知り合った。二人はデートを重ね、婚約を交わすことになる。
 そのころ、戦争は一段と激しさを増し、デズモンドも軍に志願した。しかし聖書の言葉を守るため、軍事訓練を受けても決して銃を持とうとはしなかった。彼は臆病者と軽べつされ、仲間のスミッティたちからいじめを受け、上官のハウエル軍曹やグローヴァー大尉からは除隊を勧められるが、自分の信念を曲げることはなかった。ついに命令違反で軍の裁判にかけられた。しかし、父の必死の働きかけで無罪となり、衛生兵として兵役に就くことが認められた。
 訓練を終えたデズモンドたちが派遣されたのは、1945年5月の沖縄だった。最初の任務は、ハクソーリッジと呼ばれる崖の上の丘を日本軍から奪うことだ。だが、これまでに別の師団が6度試みて、いずれも多大な被害を出して失敗していた。
 丘に向けて圧倒的な艦砲射撃が行われた後、グローヴァー大尉の命令のもと、デズモンドの中隊は崖をよじ登り始めた。
 登りきるまでは敵の攻撃はなかった。
 ところが崖の上で待ち構えていたのは、彼らの想像をはるかに超える過酷で凄惨な戦場だった。いたるところ煙が立ちこめる中、突如、日本軍が攻撃してきた。中隊も必死に反撃し、異常なほどの接近戦が続いた。この戦闘をどうにか制し、中隊は丘の上で夜を迎えるが、翌朝、日本軍の大規模な反撃が始まった。甚大な損害を受けた中隊は撤退せざるをえなくなる。
 生き残った兵が次々と崖を降りる中、デズモンドは自分が何をなすべきかと問うた。
 デズモンドは一人崖の上にとどまり、負傷者を救出するため、再び戦火の煙が立ち込める戦場へと戻っていった。

===== 感想 =====

● 凄惨
 僕が観たとき、500人くらい入る劇場で、観客は5人位。がらがらだった。
 観終わって、不人気の理由がよくわかった。

 まず、残酷な描写が多い。
 高地を奪い合う接近戦の映画ということで、1987年の『ハンバーガー・ヒル』に似てるところもあるが、今回の映画は負傷や死体の様子がかなりグロテスクに描かれている。
 狙撃されて頭を撃ち抜かれ、手榴弾、迫撃砲、擲弾などで手足が千切れ、内臓をぶちまけて倒れる者もいる。敵陣を制圧したかと思えば、突然、地下から大勢の日本兵が現れ、十数メートルのレンジでの接近戦が始まり、互いに銃剣やナイフで何度も相手を刺しまくる。それどころか、敵と組み合ったまま手榴弾を使う者すらいる。火炎放射器で押し寄せる日本兵を焼き殺す米兵もいるが、すぐに狙撃され、背負った燃料が引火して自分自身も火だるまになる。撤退する米軍は、今、自分たちがいる場所を砲撃しろと艦隊に要請するほどで、逃げ遅れれば味方の砲撃で死ぬのも覚悟のうえだ。激しい戦闘が一段落し、連日の砲撃で陥没だらけになった地面には、至る所に死体が転がり、夜になればネズミに食われ、数日たった死体の中には銃を持ったまま白骨化した日本兵らしきものもある。
 こうした描写はかなり強烈で、見るのもつらい。多くの人が敬遠するのも無理からぬところだろう。

● 戦争支援
 不人気のもう一つの理由は、反戦のメッセージが欠片もないことだと思う。
 銃を持つことを拒否した兵隊が主役ということで、あたかも素朴な反戦映画を期待した向きもあったようだけど、まるで違う。
 主役のデズモンドは、自ら人を殺すことはしないが、軍が人を殺すことは全く否定しない。それどころか自ら志願して軍に入ったわけで、仲間の兵隊が多くの人間を殺すのをサポートしたいと思っているのだ。
 これは日本のエセ反戦な連中には、まったく忌まわしい話だろう。

 映画の舞台は、沖縄県浦添市(当時は浦添村)の前田高地
 本来なら、「戦争の真実を語り継ぐ」題材の一つとして、反戦の思いが強いなら見ずにはいられないと思う。なのに、エセ反戦にありがちな「自分たちに都合の悪い事実は無視」ということなのだろう。

● 事実
 日本兵が反撃して再占拠した丘の上で、デズモンドは行動する。何度か敵兵と接近遭遇する危機はあるものの、自分が殺されることもなく、一晩で75人もの負傷者を崖の下へおろしたらしい。
 ネットでは、そんなこと出来るもんかと決めつける書き込みがあるが、
・ 崖の下にはおろされた負傷者を収容する味方が大勢いた
・ 救出者の多くは生存した
・ デズモンドは大統領から勲章を受けた(*1)
 ことが、この映画の中で、はっきり、きっちり、克明に描かれていて、デズモンドのホラなどということはありえない。75人という数字の正確性はともかくとして、実際に「出来た」と受け止めるしかない。
 英雄的な行動を否定したがる心情というのは分かるけど、この映画のデズモンドの行動を「できるものか」と決めつけるのは、かなり想像力が欠如しているということだ。

● DV
 デズモンドは人を殺すことを拒否し、銃を持つことも拒否する。国内での訓練中、仲間からひどいいじめを受け、上官に訴えられて裁判を受けることになってもその考えは変えない。戦場に出て、自分が隠れている目の前で仲間が日本兵に殺される場に遭遇しても、銃を撃つこともなく、じっと心の苦しみに耐える。
 彼はなぜそれほど強い信念を持つに至ったのか。

 この映画の監督のメル・ギブソンは、がちがちのカトリックだ。なので、宗教的な理由をもっと前面に押し出すようなエピソードを描くこともできたろう。例えば、デズモンドの成長の過程で、宗教的なことで激しい葛藤を抱くとか、神の声が聞こえるといった神秘体験などを描き、これらを彼の信念の根拠にすることもできたと思う。だが、敢えてそうせずに、デズモンドが人を殺すことを忌避する理由を彼が生まれ育った家庭環境、すなわち父親の家庭内暴力に求めている。
 DVがデズモンドの信念のきっかけになったというのだ。
 これは今日的な話題を採り上げたというよりは、メル・ギブソン自身にとって、かつて自分が行ったことへの反省の意味があるのかもしれない。

● 神の声
 ところが、映画の半ば、デズモンドは神の声を聞く
 凄惨な戦場を目の当たりにし、自分は何をすべきかと神に問うた時、神の声が聞こえたのだ。
 それは、実際には、助けを求める負傷兵のうめき声だ。しかし彼にとっては神の声だったのだ。
 デズモンドは、一人でも多くの人間を助けることが自分の使命だと確信する。そして多大な危険を冒し、生存している負傷兵を探しだし、崖の上まで運び、ロープで体を縛って崖の下へおろす。手の皮はめくれ、体力的にもへとへとになりながら、一人助けるごとに「神様、もう一人、助けさせてください」と祈り、再び負傷者を探しに戻る。それを何人も何人も続けるのだ。

 要するに、
・ 主役が人を殺さないという信念を持つのは、DVに起因にするもの。
・ 主役が多くの人間を助けたのは、信仰によるもの。
 となっている。

 主役の行動原理の根底に二つの要素を持ち込んだために、少しメッセージが感じにくくなってしまったような気がする。
 父親役を熱演したヒューゴ・ウィーヴィング(エージェント・スミスだな)には申し訳ないけど、DVの要素よりは宗教的要素を強調したほうが、エンディングがもっと盛り上がったと思うよ。

● 友
 デズモンドは部隊のみんなから臆病者と誤解されていたが、救出活動によって心からの信頼を得ることになる。
 訓練中、何度もいじめていたスミッティは戦死してしまうが、その前に戦場でのデズモンドの勇気を認め、自分が彼を援護すると申し出た。直属の上官のハウエル軍曹はデズモンドに命を救われた。デズモンドを除隊させようとしていた中隊長のグローヴァー大尉は過ちを認め、再度の攻撃に際して一緒に来るようにと頼む。そして出撃直前、部隊全員がデズモンドの祈りが終わるのをじっと待つ。
 彼らにとってデズモンドは尊敬すべき英雄であり、自分たちの守り神のような心境になっていたのかもしれない。

 デズモンド役はアンドリュー・ガーフィールド。上に述べたとおり、シナリオ上で主役の行動原理が少し揺らいでいるため、ちょっと演りにくかったかも。
 グローヴァー大尉はサム・ワーシントンが演じてる。サラリーマン将校みたいな感じで、どうもしっくりこない。
 むしろ目立つのは、スミッティ役のルーク・ブレイシーだな。実はショーン・ビーンにそっくりで、僕はこの映画を観ている間、「何で? 若返っちゃったの?」と、妙な気分だったのだ。
 また、デズモンドの恋人ドロシー役にテリーサ・パーマー。後で調べたら、なんと2006年の『明日、君がいない』(原題は『2:37』)に主役級で出演してた。こちらも「見たことあるような気がするけど、誰だっけ?」と妙な感覚だった。

● 敵
 敵となる日本兵は、ほぼ、やられキャラ。特段、キャラが立っているような登場人物がいるわけではない。

 なお、突撃する時は、ほぼ丸見えの状態で、無防備に集団で突っ込んでいく。
 ここも「ありえね〜」と思う人は多いだろうな。

 実際には、当時の日本軍の反撃は夜襲などの暗い時が多いし、昼間に突撃する時は、せめて煙幕を張るぐらいのことはしていたらしい。
 要するに、敵から見えないように、目立たないように突撃していたのだ。(*2)
 でも、それをそのままリアルに映像化すると、スクリーン上で人が見えない、目立たないということになって、絵にならない。映像表現として、頭の悪そうな突撃に見えてしまうのは致し方のないところ。なお、映画の中では、砲撃の煙などが立ち込めて撃ってくる敵の姿がわからないとか、狙撃兵の位置がすぐには見つからないなどのシーンがあって、一応、日本兵を倒すのは容易ではないと描いているつもりらしい。
 また、司令官が割腹するシーンがあるけど、これは誰のことかよくわからない(〔補足〕参照)。どうも、欧米人向けの「ハラキリ」のサービスカットのように思えてしまう。不愉快。

 もう一度書くが、この映画の舞台は、沖縄県浦添市の前田高地。
 この前後の戦いも含めて、当時の浦添村の住民9217人のうち、4112人が亡くなったそうだ。死亡率は44.6%。
 でも、この映画には住民は一人も登場しない。ここも少し不満を感じるところ。

 だからといって、僕は沖縄だけの悲劇とは思っていない。
 不謹慎かもしれないけれど、エセ反戦の洗脳を少しでも解くために、ここでクイズを出そう。

 この映画で、敵はどんな言葉をしゃべるべきか?

 日本語は当然のこととして、もしも方言をしゃべるようなセリフがあったとしたら、どこの地方が適切か?
 答えは〔補足〕に書いておいた。

● 教訓
 白状すると、つい先日まで、僕はこの戦闘のことは全く知らなかった。摩文仁の丘などの南部戦跡を訪ねたことはあるが、一つ一つの戦闘までは学ぶ機会がなかったからだ。
 この映画を見て、改めていろいろと考えるところもあった。その内容についてここには書かないけど、教訓として得るものは多いな。


(*1) デズモンドに勲章を授与したのは、トルーマン大統領。
 周知とは思うけど、日本への原爆投下を命令した、民主党の大統領だよ。

(*2) ガダルカナルなどの写真を見ると、川岸に日本兵が折り重なって死んでいるのを見ることがある。いわゆる「万歳突撃」が失敗した戦死者とのこと。
 これらも無防備に突っ込んだのではなく、闇夜に夜襲を行ったもの。ただし、米軍陣地は川に守られているので、敵の姿がはっきり見えなくても、川の位置めがけて照明弾を上げ、機関銃掃射や砲撃を行うことで渡河中の敵を倒すことになり、かなり効果を上げることができたのではないかな。
 
〔補足〕前田高地の戦い
 前田高地は、日本軍の総司令部のあった首里から、北北東へ3.5kmほどの位置。米軍が「ハクソーリッジ(鋸峰くらいの意味かな)」と呼ぶ場所は、浦添市仲間2丁目から前田2丁目にかけての北に向いた崖のことらしい。
 標高は高いところで海抜120m程度だが、近くを流れる川の標高が海抜50mほどなので、比高差あるいは崖の高さは50m前後だろう。それでもビルの十数階に匹敵する高さだ。
 この崖を迂回するルートもあるが、緩い谷になるため周囲から攻撃を受けやすい。特に戦車が通れるスペースが限られていたというのが、地理的に大きな要点だったようだ。それでも米軍はそこを突破し、南側からも前田高地に迫る形になった。最終的に日本軍は丘の頂上付近で包囲され、ほぼ殲滅されたようだ(後述のとおり全滅ではない)。
 こうした結末は、映画と少し違うな。

 戦闘は、概ね4月24日から始まり、5月6日に終結したとされる。
 攻撃する米軍は、当初の戦闘で多大な損害を出したため、4月29日から30日にかけて、第96師団から第77師団(第307連隊と第306連隊)へ交代した。主役デズモンドは第77師団の所属だ。
 一方の日本軍。
 前田高地を守ったのは、第62師団歩兵第63旅団の独立歩兵第11大隊、独立歩兵第12大隊、独立歩兵第14大隊。兵力は、本来であれば約3700名ほどだけど、それまでの戦闘の損耗で1300名から1400名程度に減っていたらしい。なお、この地域一帯では、第24師団歩兵第32連隊も戦闘に参加し、特に第2大隊は約200の兵力が残存して、なんと8月28日まで前田高地の洞窟内にたてこもって抵抗を続けた。戦場における敵味方の配置というものは、戦略ゲームで地図を単純に色分けするのと違い、複雑なものということの典型例だな。

 さて、映画で自決した司令官は誰か?
 まず、沖縄戦で現地の最高司令官となる第32軍司令官牛島満中将は、6月23日午前4時に切腹したというのは、誰でも知ってるだろう。また、第62師団師団長の藤岡武雄中将は6月22日に自決し、歩兵第63旅団旅団長の中島徳太郎中将は6月22日に戦死したとのことなので、いずれも5月初旬に自決したこの映画の司令官ではないことになる。そうなると、独立歩兵第11大隊大隊長の三浦四出四郎中佐、独立歩兵第12大隊大隊長の賀谷興吉中佐、独立歩兵第14大隊大隊長の内山幸雄大尉のいずれかということになるけど、彼らの消息はよくわからないし、どうも映画の軍服が違うような気がする(階級章もよく見えないし)。
 結局、わからん。
 やはり、史実と離れたフィクション、それも欧米人向けサービスの「はらきり」シーンということになりそうだな。

 最後に。
 独立歩兵第11大隊と独立歩兵第12大隊は敦賀市、独立歩兵第14大隊は京都市で編成された。
 もしもこの映画の中で、戦闘のないときに日本兵が談笑するようなシーンがあったとしら、京都の方言でしゃべるのが適切かもね。
 沖縄戦の犠牲者は沖縄の人だけではない。ヤマトンチュだからと無視する態度は、本当の反戦じゃない。

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