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zoom RSS 映画の感想文 [1086] デスノート Light up the NEW world

<<   作成日時 : 2017/06/18 23:38   >>

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【デスノート Light up the NEW world】
製作年:2016年
公開:2016年10月
監督:佐藤信介
出演:東出昌大、池松壮亮、菅田将暉

===== あらすじ(途中まで) =====
 デスノートをめぐるキラとLの死闘から10年後。死神大王が6冊のデスノートを人間界にばらまいた。これによりロシアや米国など、世界各地で変死事件が多発する。
 日本でも、渋谷で大量の通り魔的な凶行が発生した。ところがその事件は、デスノートの保有者である青井さくら自身が変死するという奇妙な結末を迎えた。「デスノート対策本部」の三島創は、Lの後継者の竜崎とともに捜査にあたり、青井さくらが保有していたデスノートの死神ベポから、人間界には6冊のデスノートが存在し、6冊というのが有効な最大数であると教えられた。三島たちはすべてのデスノートを回収して封印することを新たな捜査目標とした。
 そのころ、キラに心酔する紫苑優輝が新たな活動を模索していた。
 さらに、キラの恋人だった弥海砂も、ある思いを秘めて状況を見守っていた。

===== 感想 =====

● 続編
 2006年の『デスノート』及び『デスノート the Last name』の続編。弥海砂や死神リュークのほか、夜神月(キラ)とLもビデオメッセージや写真の形で登場する。前作の設定を完全に踏襲しながら、主要な登場人物をあらかた入れ替えた話となっている。
 前作は主にキラとLとの1対1の頭脳線がメインで、弥海砂がキラの仲間として重要な位置づけだった。今回の作品では、キラに心酔する紫苑に対し、Lの後継者とされる竜崎と警察官の三島のペアが挑むという形で、1対2の戦い(*1)。ときどき「三つ巴」という紹介を見るけど、それは完璧な誤りだ。
 ただし、ここに弥海砂、須加原が率いる警察、さらには三島の相棒の女性捜査官である七瀬聖などが妙な関係性で絡むので、彼らを加えて、三つ巴とか四つ巴とか五つ巴といえるかもしれないな。

● 優位性
 ところで、もともと非現実的な基本設定のお話なので、突っ込むのはヤボとは思うものの、今回の映画では不合理な要素が余りに多すぎる。特に主役三人があまり賢そうに見えないというのは、映画としては致命的。
 この映画の具体的な突っ込みどころは、よそで山のように書かれてるので、ここでは省略。それらを見れば、デスノートならぬ「バカノート」と貶(けな)す人が多いのも納得だ。

 で、この際だから書いちゃうけど、原作も難ありなんだよね。
 原作も含めて、この話の最大の欠点は、デスノートの保有者がその優位性を自覚していないということだろう。
 剣を持った岡田以蔵、銃を持ったゴルゴ13、そしてデスノートを持ったキラ――この三人を比較したとき、デスノートの武器としての優位性は何か?
 距離だ。
 剣の場合(投げるのは効果が低いので)、必ず剣の間合いまで相手に近づかないといけない。一方、一般的な常識として、銃を持った者が、相手に対して、急に跳びかかられても安全な距離以上に不用意に近づくのはアホとされる。でも、ドラマや映画では、相手の体に銃を突きつけるなんてシーンがあるけど、それは完璧に賢い者ではないという設定だから許されること。ところが、ゴルゴ13がそんな不用心なことしたら、一挙に話が崩れてしまう。
 デスノートは、銃よりもさらに遠距離から相手を殺せる。しかも、ミサイル発射であればすぐに自分の位置がばれる時代だけど、デスノートは自分の位置を察知されることもない。
 これがデスノートの最大の優位性なのだ。

 距離が遠いこと。
 自分が見つからないこと。

 この優位性を損なうようにデスノートを使うのはアホだ。まあ、この映画の青井さくらみたいに賢くない子であれば、相手に超接近してデスノートを使用するというのもありだろうけど、保有者が「天才的頭脳」の持ち主の場合、先ほどの優位性の自覚がないようでは、天才なのに賢くないということで、実にクダラン話ということになる。

● 方法例
 実は、夜神月(キラ)も使用パターンを分析されて、Lにプロファイリングされてしまったのだが、これは賢くない。標的を死亡させる時間帯や方法などをもっとランダムにすべきで、連続不審死なんてことを世間に思わせないようにしないとね。
 そもそもデスノートの保有者がそのルールを小出しに理解していくということからしてアホで、まずはすべてのルールを調べてから、最も効果的な使用方法を考えるべきなのだ。
 例えば、デスノートの存在が知られてしまったという前提の場合、飽和攻撃くらいは誰でもすぐに思いつくでしょ。一例として、「23日以内なら対象の死の状況を自由に設定できる」ので、千人分くらいのリストを作って一斉に同一日時に死ぬことにすれば、デスノートの捜査はかなり混乱するだろうな。

 このポイントは、SFのワープやタイムスリップや人型巨大メカのように、「突っ込まないのがお約束」の事柄だと思う。だから、「飽和攻撃」なんて現代の戦いの基本用語で、戦闘ゲームをやったことがあれば猿でも知ってる常識なのに、デスノートの話ではほとんど誰も口にしなかったのだ。
 ところがこの映画では、「天才的頭脳」という設定でありながら、三人ともがあまりに賢くないので、原点に戻って突っ込みまですることになっちゃうんだよね。
 興醒め。

● ビジュアル
 この映画の見所を探すならビジュアルだな。それも主役などの人間のビジュアルではなく、死神のビジュアル。
 三島、竜崎、紫苑の三人を東出昌大、池松壮亮、菅田将暉が演ってるけど、キャラ設定的にも、メイクや演出なども、どうにもさえない。まさに「イケメンの無駄使い」だ。
 一方、今回登場する死神は、リュークに加え、六本指のベポと艶っぽい女神のアーマ。それぞれの性格に合わせた容姿がかなり決まってた。とはいうものの、これを見るためにわざわざ映画館に足を運んだらと薦めるものでもないしなあ……。

 映画の冒頭、渋谷の路上を模したセットはなかなかのもの。『グラスホッパー』(2015年)と同じセットかな? 一方で、デスノート対策本部のセット、特にデスクの照明器具や電子機器はかなりショボイ。結局、見終わったときには、ビジュアルについてはB級感が残ってしまった。

● ダメ
 この映画、はっきりダメ出ししておくべきかな。


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