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zoom RSS 映画の感想文 [1106] アラビアの女王 愛と宿命の日々

<<   作成日時 : 2017/08/05 23:36   >>

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【アラビアの女王 愛と宿命の日々】
原題:Queen of the Desert
製作国:米国
製作年:2015年
日本公開:2017年1月
監督:Werner Herzog(ヴェルナー・ヘルツォーク)
出演:Nicole Kidman(ニコール・キッドマン)

===== あらすじ(途中まで) =====
 19世紀末。英国の裕福な家庭で生まれ育ったガートルード・ベルは、上流階級の生活を嫌い、公使の叔父がいるペルシャへやって来た。その地で公使館の三等書記官と交際するようになるが、1年後に相手が事故死してしまい、傷心のあまり世界各地を旅することとなった。やがて中東の考古学に興味を持つようになり、T.E.ロレンスらと知り合い、排他的なベドウィンたちとの交流も深まっていった。
 1914年、第一次世界大戦が始まると、ガートルードは英国の諜報員として中東の情報収集を命じられた。戦争終結後、今後の中東の統治を議論する会議が開かれるが、イラクの国境線を決めるため、ガートルードに意見が求められることになった。

===== 感想 =====

● 王を作る者
 ガートルード・ベルは『イラクの無冠の女王』と呼ばれることがあるのだそうだ。
 イラクの国境線を決める際に多大な影響力を及ぼしただけでなく、イラク国王を誰にするかという決定にも関係したらしい。映画の中では、イラク国王の兄が隣国ヨルダンの国王になったのも、まるで彼女が決めたかのような描き方。いわゆる「キング・メーカー」という立場だな。

 ただし、T.E.ロレンス(いわゆる『アラビアのロレンス』)らの反対をねじ伏せて、クルド人の支配地域もイラクの領内としてしまい、これが現代でも大きな災禍を招いているのは周知のところ。皮肉な言い方をすれば、彼女は「トラブル・メーカー」なのかもしれない。

● 歴史はピンボケ
 こういった事柄は、この映画では断片的にしか分からない。
 話の一部が多段階の回想形式になっていて、場面場面の時勢が分かりにくいというのが一つの原因だ。まあ、こういうのは語り口として珍しくはないから、しゃあないか。
 しかし、字幕などで表記される年代なども、必ずしも網羅的ではないし、何となく年代的なズレを感じるような場面もある。これはさすがに観ていて混乱する。
 さらに、中東各地に対するドイツとトルコの関係などの地理的状況などはまったく説明されていないため、時代的背景もさっぱり分からないという人も多かろう。
 結局、史実をベースにしながら、歴史的推移が分からないし、欧州やトルコなどの各国の外交方針が分からないし、現地のベドウィンや王族などの有力者の思惑も分からないという状況になる。

 要するに、この映画を観ていると、何から何までよく分からんが、一人の英国人が中東で何か活躍したらしい、それも女性の政治的地位が低い中東において女性が建国で活躍したらしいくらいの感触しか得られない。
 どうにもピンボケなのだ。

● 人間もピンボケ
 では、史実よりも、一人の人間に着目して、その波乱万丈な人生あるいは人間性をこってり描くのかといえば、そういうことでもない。
 ガートルード・ベルについて、旅行家や考古学者としてどのような理念を持ち、どのような実績を積んだのかなどさっぱりだし、旅好き以外に嗜好のようなものは見えてこない。恋愛にもさほどの熱は感じられない。
 糞まじめなことを言えば、僕は西欧の文明が中東の文化とどう接するべきか、何らかのヒントが欲しいなと思ってしまうのだが、この映画のガートルード・ベルの言動からは何も得られない。もう少し下世話に、英国諜報員、つまりスパイの身分でありながら、中東の人々と仲良くする秘訣は何だ、なんて考えてしまうが、それすら有益なヒントは何も見当たらない。

 一応、彼女の言葉の中に、ベドウィンの特徴を述べるくだりがある。
 ベドウィンは、
1 自由(freedom)
2 尊厳(dignity)
3 人生の詩情(poetry of flife)
 を大切にする人々なのだそうだ。
 素晴らしい人々だ。

 でも、だから、何?
 自由、尊厳、詩情を大切にする人って、それほど珍しいのかな?
 そもそも、女性についても同じことがいえるのかな?
 もしかしてガートルード・ベルは女性軽視の思想の持ち主なのかもね。

 この映画、人間の描き方もピンボケだ。

● 映像もピンボケ
 さらに映像もピンボケだ。
 といっても、カメラのピントは合ってる。ボケてるのは被写体――何を映すかがボケているのだ。

 もともと引いたアングルの映像が得意な監督なので、砂漠の広大さや厳しさ、さらには寂寥感などをダイナミックな絵で表現できるはず。ところが砂の風紋などの珍しい絵がいくつかあるほかは、惹かれるようなものは無し。かなりがっかりだ。

 中東などの建造物もほとんど特徴が感じられず、目立つのは鳥葬の塔だけ。でも、これを描いておきながら、ベドウィンの死生観が語られるでもなく、ただのビックリ・グロ・シーンでしかなかった。(*1)

● でか
 既に書いたとおりガートルード・ベルの個性がはっきりしないので、演じるニコール・キッドマンも、どこか適当。
 彼女がベドウィンたちと並ぶシーンが多いのに、身長を目立たせないようなカメラアングルが取りにくいせいか、一目見たときに「でか!」みたいな感想を持ってしまう場面が多かった。
 良い内容としては、背筋を伸ばしてラクダに跨り、背筋を伸ばして颯爽と歩く姿くらいしか印象に残らなかったな。

● 難
 当時の歴史や地勢を軽く扱うなら、もっと人物に焦点を当て、英国の女性と中東の女性を対比するくらいの中身があってもよかったのではないかな。
 無理か。


(*1) ついつい、この監督の『ノスフェラトゥ』(1979年)の冒頭を思い出しちまったい。
 鬱だ。

画像

こちらは「砂漠の王女」の映画の感想
 ⇒ ザ・マミー/呪われた砂漠の王女

ヘルツォーク(Werner Herzog)の映画の感想
 ⇒ アギーレ/神の怒り
 ⇒ カスパー・ハウザーの謎
 ⇒ フィツカラルド
 ⇒ ノスフェラトゥ
 ⇒ コブラ・ヴェルデ
 ⇒ アラビアの女王 愛と宿命の日々 (今回の書き込みです)

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