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zoom RSS 映画の感想文 [1138] デトロイト

<<   作成日時 : 2018/02/03 21:17   >>

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【デトロイト】
原題:Detroit
製作国:米国
製作年:2017年
日本公開:2018年1月
監督:Kathryn Bigelow(キャスリン・ビグロー)
出演:Will Poulter(ウィル・ポールター), Algee Smith(アルジー・スミス), John Boyega(ジョン・ボイエガ)

===== あらすじ(途中まで) =====
 1960年代、米国北部の工業地帯では、市街地から郊外への白人の移住が進み、都市部のあちこちに黒人貧困層が多く住む街区が増え、治安の悪化とそれを取り締まる白人警官の横暴などの問題が発生していた。
 1967年7月23日。デトロイトで、違法酒場の取り締まりが発端となって暴動が発生し、州兵が出動する事態となった。取り締まりに当たっていた市警のクラウスたちは、アルジェ・モーテルから撃たれた銃声を聞き、ただちに踏み込んで逃げようとした男を射殺し、残りの客を拘束した。
 そこにいたのは、大手レコード会社へ売り込み中のバンド「ザ・ドラマティックス」のボーカルをしているラリーとその友人でフォードの工員のフレド、オハイオ娘のジュリーとカレン、そして彼女らの友人たちで、射殺されたのは仲間のカールだった。さらに近隣の雑貨店の警備員ディスミュークスも駆けつけてきた。
 実は、銃声はカールがふざけて撃ったおもちゃのピストルによるものだったが、クラウスたちが問いただしても、ラリーたちは誰一人として真実を話そうとはしなかった。苛立ったクラウスは、暴力をふるい、ついには一人ずつ別室に連行して殺す芝居をうち始めた。
 しかし、何人目かのとき、手違いが起こってしまう。

===== 感想 =====

● 実話
 実際に発生した事件をベースにした映画。
 全体は概ね3つのパートに分かれていて、最初の三分の一は暴動が起こるまでのクラウスやラリーの行動、次いでモーテルでの尋問シーンが40分近く続き、終盤は裁判と後日談になる。
 ただし、後述のとおり、暴動そのもの、あるいはモーテルでの事件そのものを説明する映画ではなく、その場に居合わせた者たちの心情を描こうとしたものだ。パニック的なアクションを期待するなら、あるいは「差別は悪い」というメッセージ満載の「しゃかいはえいが」を期待するなら、まったくの見当違いということになる。

● 社会派か?
 この映画の興味は、描かれた事件ではなく、描いた監督ということになりそうだ。

 この映画の監督であるキャスリン・ビグローは、原潜の事故を描いた『K-19』、アフガニスタンでの爆弾処理係を描いた『ハートロッカー』、パキスタンでのビン・ラディン銃撃を描いた『ゼロ・ダーク・サーティ』、そして今作という具合に作品が続いたため、えてして「社会派」と呼ばれる。
 そうなのか?
 僕は、かなりひどい勘違いだと思ってる。

 例えば戦争映画に分類される『ハートロッカー』。その感想でも書いたとおり、評判の高い戦争映画というと、日本人はすぐに反戦のメッセージを期待する。でも、その作品にはそうした「社会的メッセージ」のようなものは少なかった。
 むしろ、この監督は、サスペンス的なストーリーと耽美的な映像とを追及するタイプだ。初期の『ニア・ダーク』や『ブルー・スティール』などでは、その傾向が実に顕著に見てとれる。

● 耽美
 ただし、今回は題材がシリアスな差別主義をベースとしているので、耽美的なシーンは少なかった。

 絵的に面白いのは、ライブシーンだ。
 モータウンのテイストたっぷりに、女性三人組が歌ったり、男性4人組が歌ったりする。この監督は、こうしたシーンをほとんど正面から撮らない。舞台の裏や袖が多い。あるいは前から撮るときでも、斜め下からのアングルになっている。一般の観客目線を拒否しているのだ。
 そして衣装にかなり気を使って撮っている。
 この映画では、明るい絵は全体的に少ないので、ライブシーンはかなり入魂の作りといった感じだよ。

 シーンの多くは夜。この監督は夜の撮り方が抜群にうまいけど、今回も期待どおり。
 暗いシーンなのに見やすい。でも、場面の暗さがちゃんと伝わる。重苦しい一夜という状況がひしひしと感じられ、高いテンションを醸している。
 そして、この監督は、耽美的な絵が好きとはいっても、照明などでアザトイ色使いやアザトイ効果を求めるようなことはしない。でも、仕上がりが綺麗で、とにかくセンスがいい。

● 説明無用
 映画の冒頭で事件の背景を字幕で説明し、映画の最後に事件の後日談を字幕で入れているのは、本編の中でグダグダと状況説明をやりたくないという意思の表れだ。

 デトロイトの暴動を題材としながら、その夜の一つの事件だけに焦点を絞り、暴動の全体像はさほど描こうとしていない。

 裁判でも、判決に大きく影響する争点を言い合うような、いわゆる「くらいむもの」のようなベタな場面はなく、あくまで登場人物の怒りを表そうとしている。例えば、ラリーが白人による裁判を愚弄する暴言を吐いたり、ディスミュークスが裁判所玄関でゲロを吐いたりするシーンに注目すべきで、どちらも裁判所を汚すことの象徴となるシーンということに気づくべきだ。
 「くらいむものはかくあるべし」なんてレッテル貼って、水戸黄門的な定型パターンを好むタイプの場合、この映画は、法廷での謎ときや論争シーンが無いといった不満を持つのではないかな。でも、それって日本的な2流法廷ドラマに染まった、どんくさい感性だと思うよ。

 話を監督の感性に戻せば、そんな説明的な映画など、この監督は撮りたくないのだ。
 事実関係については、制作に伴う取材で集めた情報を淡々とストーリーテリングするだけ。社会的なメッセージなどあまりない。特に、人権は大事とか、黒人差別はいかんとか、警官の横暴は許せんなどのメッセージは当たり前のこことして、あまり大上段に振りかざさない。(ここは「差別大嫌い」というメッセージをグイグイ押し付けるブラッド・ピットと違うところだし、社会的な要素をなるべく排除しようとする元夫のジェームス・キャメロンとも違うところだな)。

 彼女が注目するのは、こうした極限に近い状態、しかも冷静さが要求される状況化での、人間の心のありようだ。そこに善も悪もない。社会正義といった視点も重要性を持たない。
 ただし、人間の心に着目といっても、クリント・イーストウッドなら劇中の一人の人間に着目して残酷なほどに内面をえぐるけど、キャスリン・ビグローはそこまで深掘りはしないんだよね。

● への字
 憎まれ役の主役クラウスを演じるのはウィル・ポールター。
 ビジュアルは2007年の『リトル・ランボーズ』のころとまったく同じで、への字眉毛が強烈。『なんちゃって家族』でタマキン腫らして倒れた姿が重なるので、なかなかシリアスな役はピンとこないんだよね。

● お薦め
 観終わって、一味足りないもどかしさが残る。もう一つ先へ突き抜けるか、あるいは「差別はやだね」みたいなベタなメッセージを盛り込むかすれば、もっと話題になっただろう。
 それでも渋い大人向けの映画という余韻は十分に感じられると思うよ。


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