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zoom RSS 映画の感想文 [1143] 聖杯たちの騎士

<<   作成日時 : 2018/02/14 12:32   >>

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【聖杯たちの騎士】
原題:Knight of Cups
製作国:米国
製作年:2015年
日本公開:2016年12月
監督:Terrence Malick(テレンス・マリック)
出演:Christian Bale(クリスチャン・ベール), Cate Blanchett(ケイト・ブランシェット), Natalie Portman(ナタリー・ポートマン)
撮影:Emmanuel Lubezki(エマニュエル・ルベツキ)

===== あらすじ(途中まで) =====
 一人の男が、荒れ地をさまよいながら、自分の女性遍歴を回想していた。
 ロサンゼルスの脚本家リックは、映画の仕事で成功し、派手な生活を送るようになった。元妻のナンシーは子供が出来ずに離婚したが、心の底では愛し合う感情が残っていた。その後、モデルやポールダンサーなどと刹那的な恋を繰り返し、ついに夫のいるエリザベスと不倫を重ねるようになった。リックはエリザベスに求婚するが、彼女が妊娠したと知って、離れてしまう。
 悩めるリックの行く先は荒れ地だった。

画像

===== 感想 =====

● 哲学などない
 映画の冒頭は荒れ地。ここでの男の回想シーンが映画の主要な部分を占め、最後にこの場面に戻って、自分の悩みにどういう答を出すかがラストとなる。
 で、その答だけど、さほど深遠なものではない。そこに哲学などない。

 なので、この映画に哲学的要素を見ようとするレビューをネットなどで見かけるけど、ちょっとずれてる。書いてる人は、きっと哲学的素養が貧困なのだろう――たぶん。
 衒学的な「おもわせぶり」にコロリと騙されるタイプだな。詐欺師からすりゃ、簡単に引っ掛けて一丁上がりのチョロイ奴ということ。

 また、ゴダールとの比較も良く見るけど、そもそもゴダールの神格化を前提とした比較なので、根底からトンチンカンだ。この映画は、映画関係者が主役ということから、ゴダールの作品であれば『パッション』(1981年)と比較してほしいところだが、その映画、無残な代物だったもんなあ……。

 こういう感性愚鈍なレビューは笑い飛ばすべし。
 その手の衒学的言辞におどされて、「何やら難しそう」みたいにこの映画を敬遠するのは無用なことだよ。

● 夢遊病
 映像の多くは、リックの回想(あるいは妄想)ということで、リックの視野の範囲内での出来事。
 その舞台となるのは、ホテルやマンションのほか、ビルの屋上、撮影所、水族館、ホームレス街、ガーデンパーティー会場、飛行場、浜辺、ヨットマリーナ、ストリップバー、ラスベガス、日本庭園、美術館などなど。
 リックが巡るコースは、この映画では重要だ。後述のとおりリックは巡礼者だから。そしてリックの女性遍歴は、これらの場所での巡り合いによるものだからだ。

 映像的には、これらを手持ちカメラを多用して、ユラユラフラフラと撮っている。カットのつなぎ方も、比較的短めのカットを断片とした、いわゆるコラージュっぽいもの(ここがゴダール的らしい。どうでもいいけど)。
 で、これまで何度も言うとおり、大事なのは手法そのものより手法を使った表現内容。
 手持ちのユラユラフラフラ、そしてコラージュっぽい断片の連続で、リックがまるで夢遊病患者であるかのような映像になっているのだ。映像にかぶせるダイアログやナレーションで何度も「巡礼者」あるいはそれにつながるような言葉が連発される。
 おそらくリックは人生の道を失って、巡礼者のようにあちこちをたどりながら、自分の進むべき方向を探しているということだろう。

● 都市の情景
 ついでに映像で気になったことをいくつか書くと、まずは映像美。

 いつもどおり、この監督の詩的な映像美の世界が続く。登場人物の演技をそのまま撮るというよりは、情景や場面を撮った映像に、人物のモノローグやナレーションをかぶせるというカットが多い。

 ただし、ほぼ同時期の『ボヤージュ・オブ・タイム』が自然を主たる対象としていたのに対し、この作品では、荒れ地や浜辺などの自然はあるものの、むしろ都市の情景を対象とすることが多い。
 とりわけ、夕暮れ時の夜景は、うっとりするほど美しかった。

● 上空と足元
 重要な話の前に、主役の心情に関係する映像の小ネタを二つ。
 都市を主たる対象とするので、映像上、街の情景と室内のセットが注目点になる。

 気になるネタの一つは、上空。
 ヘリコプターだ。何度か街の背景に登場する。
 これって「空を飛ぶもの」から「自由」の象徴と思ったけど、この映画の最終章『自由』には登場しなかった。なので、ヘリコプターは自由のシンボルやメタファではない。
 もう一度ヘリコプターの登場シーンを見ると、その時のリックの主たる動作はそれを見上げるというもの。つまり「見上げる」が重要らしい。
 したがってヘリコプターは「見上げるもの」の象徴で、主役が憧れる栄華や成功、華麗で豊かな世界の暗示ということではないかな。

 もう一つは、足元。
 室内のセットで僕が一番気になったのは床。
 市松模様のカーペットや、人影がぼんやり映るほど磨かれたフローリングが、すごく場面にフィットしてるんだよね。主役の心も市松模様で、そんな心を床が映し出してるとでも感じ取ればいいんじゃないか。

● 海とプール
 この映画では、水に関係する映像も多い。

 まずは、海。
 これは一番大事。
 この映画では、主役の相手となる女性が何人も登場するが、海辺のシーンが多いのは、ナンシーとエリザベスだ。
 ナンシーは元妻で子供を宿すことができなかった。一方、エリザベスは父親不詳の子供を宿した。
 二人の共通項は「妊娠」だが、より的確に「命の始まり」というべきではないかな。テレンス・マリックは、これまでも「命」をテーマとすることが多かったけど、彼にとって、海は「生命の源」というイメージらしいんだよね。
 なお、安易に「海⇒水⇒羊水⇒母性」という、フロイトもどきのベタな連想はやめようね。まじ、頭の悪い子が、精神分析ごっこをやってるみたいだもん。

 一方、重要な海の場面に関連して、ヨットマリーナの場面がある。そこでは、塵(ごみ)の浮いた汚い海面を映してる。これは映像美とはいえない。何故、こんなカットが必要なのか?
 このカットの意味を感じ取らないと、この映画の映像美を的確に受け止めたことにならないんじゃないか。
 で、第一勘は――人間が自然を汚した――という意味。でも、これって一般的な(この映画でなくてもいいような)受け止め方で、ちょっとピンボケだな。
 既に述べたように、海が「生命の源」であるなら、そしてこの映画の多くの要素がリックの内面を描くものであるなら、汚れた海は、リックが新しい命、すなわち子供を望まないという心情の表現なのかもしれない。

 そしてプール。
 プールのシーンが多いが、やはり「プール⇒水⇒羊水⇒母性⇒女」という、安っこいフロイトもどきの連鎖をしてはいけない。これだと、パーティーでプールに飛び込んだアントニオ・バンデラスは、女性の子宮に飛び込んだという「めたふぁ〜」になり、それって下ネタの「めたふぁ〜」と結論せざるをえなくなる。
 プールで犬が泳いでたのは獣姦の「めたふぁ〜」という結論にもなるな。
 アホらし。
 「みずはようすいだあ!」みたいなノロな学生の机上のベタな屁理屈を口走る前に、その映画そのものをよく観て、その映画そのものの特徴をよく感じ取るべし。

 プールはロス郊外の乾燥した荒れ地との対比なわけで、特に高台にあるプールは高い社会的ステータスを伴う人間たちの象徴ということかな。
 あるいは海との対比で、自然の水たまりと人工の水たまりの対比とか。そして既に述べたように、海が生命の源であるなら、プールは新しい生命を生み出さない享楽の場という対比なのかも。

 いやいや、僕が思うに、「映画は理論じゃない」というフェリーニの言葉に従うなら、そんな理屈っぽいことではなく、主役の欲望の対象となる水着の女性を映画の中で自然に描けるからではないかな。
 うーん、こんな受け止め方では、まだまだ青っぽい書生風で、ドン臭いな。
 いっそのこと、プールの青が夕暮れの背景に美しく映えるから、つまり、単に絵として美しいからというのが、プールを多用することへのテレンス・マリックらしい答かもしれない。

● 人物
 リックは、職業は脚本家で、趣味は女遊び。でも心は悩める巡礼者。クリスチャン・ベイルがちょっと神経質な目線で。
 元妻のナンシーは、職業は医者で、子供ができなかったことを悔やんでいるみたい。ケイト・ブランシェットの「少しくたびれた」感がピッタシ。
 エリザベスは、若い人妻でありながらリックと会い続け、子供が出来ると父親が夫かリックか分からないと言い出す。ダメだこりゃ。ナタリー・ポートマンが、足の指を使った演技を披露。でも、足の形(ふくらはぎの形)が良くないのが目立っていたな。

 ほかに女優陣として、テリーサ・パーマー、イモージェン・プーツ、フリーダ・ピントに注目したけど、あまり光ってる感じではなかったな。
 男優は、先ほど名前の出たアントニオ・バンデラスのほか、何とライアン・オニール(『ある愛の詩』(1970年)とか『バリー・リンドン』(1975年)など)も出演しているらしいのに、わからなかった。

● Knight
 タイトルは「Knight of Cups」。注意すべきは「Knight」は単数で、「Cups」は複数であること。なので、邦題は「杯たちの騎士」とすれば的確なのだ。ところが頭に「聖」を付けたために、ちょっとミスリードになってしまった。
 実は、「Knight of Cups」は映画の中にも登場するタロットカードの一枚のことで、「ロマンス」、「接近」、「優美」あるいは「下心」などがキーワードらしい。何のこっちゃ? オカルトはわからん。また、タロットカードの名前は、「○○ of ○○s」という形が多く、「Cup」が複数形であることに大きな意味はないのかもしれない。そうなのか?
 僕が想像するには、「Cup」は、古代のキリスト教では女性のシンボルらしいので(*1)、複数の女性を相手にする騎士はロマンスのシンボルであり、時には下心のシンボルでもあるということかな。

 少なくとも、この映画の中では、単数の「Knight」がリックを指すのは間違いないだろう。リックはロマンスを求めているらしい。そして、「Cups」とはリックが愛した多くの女性たちということになりそうだな。
 「Knight of Cups」は、女性遍歴を重ね、自分の道を見失ったリックのことなのだ。

 なお、聖杯というと、まずは最後の晩餐でキリストが使った杯を思い浮かべる。おそらく騎士と12世紀ころの聖杯伝説とをからめて邦題にしたのだろう。映画の内容とはまったく異なっていて、誤解を招くタイトルだよ。

 さて、どうしてリックは道を見失ったのか?
 この映画の場合、ちゃんと映画の中に答がある。それが「King」の存在だ。

● King
 映画の「解釈のツウ」なら、カードの世界のKnightと聞くとJackやPrinceを連想し、その対比としてPrincess、さらにKingとQueenはどう描かれているかと考えるものだ。
 こうした視点を踏まえた「解釈」が「まともな映画の解釈」というもので、こうした視点抜きで理屈っぽいことをグダグダグダグダ書くレビューがあれば、映画をきちんと観る努力を怠って、この手の映画の評論に有りがちなターム集やレトリック集から手頃な言葉を拾い、机上の屁理屈をこねてるだけと断じて差し支えない。

 でも僕は「映画の解釈」には興味はないので、感じたところをちょこっとだけ。

 この映画では、PrincessとはCupsの女性たちと思って良さそうだ。KingとQueenについては、それらが象徴するものとして父と母が一番フィットする。でも、リックの父と弟は登場するが、母は登場しない。
 母が登場しないのは、リックをマザコンと誤解させないためだろう。彼が女好きなのは、そうした安っこい精神分析ごっことは関係ないことなのだ。
 一方、父は頻出するが、悩めるリックの助けにはならない。実は、リックの父は三人の子供たちへの愛情に偏りがあったらしい。ここが重要だ。
 父の子供たちへの偏愛は、リック自身にとって、自分も父のように他者へ素直に愛情を抱くことができないのではないかという迷いの源になっているらしいのだ。さらには自分が子供を持ったときに、自分がきちんと子供に愛情を注げるかどうか自信が持てないことにも通じ、エリザベスから妊娠したと聞かされて怯(ひる)むことになる。

 タロットカードであればKingに相当するリックの父は、リックが悩める巡礼者となった背景を描くものなのだろう。

● お薦め
 ストーリーは有って無いようなもの。
 メッセージの描写も、素直に観れば、すっと受け入れられそう。
 しかし、さすがにこうした細切れでモノローグの多い演出はマンネリだな。ところどころ寝ちゃうかも。

 それでも、マリックとルベツキのコンビによる映像は必見ということで、是非。


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テレンス・マリックは低い太陽が大好き。(*2)

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夜のプール

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夜の風景。
半開きの窓がアクセント。
このカットの撮影って、照明の準備などに、かなり手間が掛かりそう。

(*1) 例えば、映画好きなら『ダ・ヴィンチ・コード』(2006年)で、このネタがあったの覚えてないかな。

(*2) こうした光源を踏まえたうえで映像を比較するなら、ゴダールより、むしろ(北欧の低い太陽による陰影が強烈な)ベルイマンでしょ。
 どっちにしろ、たいして意味のない比較だけどさ。
 ここで安易にゴダールを持ってくるのは、映像の感性が鈍そうで、ダサいな。
 特に、ゴダールの『パッション』は映画撮影における光源が大問題となっている話なので、ゴダールを持ちだしながらテレンス・マリックの光源に言及しないのは、まともにゴダールなど観ず、「ゴダールは神様でございリまちゅる。崇め奉りまちゅる」とへつらっているだけの奴とばれる。
 ゴダールを映画で感じ取ったのではなく、ゴダールを書籍で読み取ったのだ。

テレンス・マリックの映画の感想
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