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zoom RSS 映画の感想文 [1148] グレイテスト・ショーマン

<<   作成日時 : 2018/03/13 21:49   >>

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【グレイテスト・ショーマン】
原題:The Greatest Showman
製作国:米国
製作年:2017年
日本公開:2018年2月
監督:Michael Gracey(マイケル・グレイシー )
出演:Hugh Jackman(ヒュー・ジャックマン), Michelle Williams(ミシェル・ウィリアムズ), Zac Efron(ザック・エフロン), Zendaya(ゼンデイヤ)

===== あらすじ(途中まで) =====
 仕立て屋の息子バーナムは幼いころに親を亡くし、浮浪児として少年時代を過ごすが、大人になって商船会社の社員となり、幼馴染みで資産家の娘のチャリティと結婚し、二人の娘を授かった。勤め先が倒産したことをきっかけに、ニューヨークで珍しい剥製などを展示した「バーナム博物館」をオープンするが、客は全く入らなかった。
 ある日、娘の言葉と浮浪児のときに恵んでもらったリンゴがヒントとなり、個性的な者を集めたサーカスを始めると、これが大ヒットした。メンバーは、小人症のトムやヒゲのはえた女性歌手のレティなどのフリークスと呼ばれる者たち、そして空中ブランが得意な黒人女性のアンとその兄など、世の中から隠れるように生きてきた者たちだ。そのため、批評家からは不評で、世間では嫌悪する者も少なくなかった。
 バーナムは、舞台芸術に詳しいカーライルをスタッフに加え、英国のビクトリア女王からバッキンガム宮殿に呼ばれるほどの名声を得るようになった。さらに、その時に知り合ったスウェーデンのオペラ歌手ジェニー・リンドを米国に招き、大成功を収めた。
 バーナムは、サーカスをカーライルに任せきりにしてリンドの全米公演を企画するが、ツアー中にいくつもの問題が発生してしまう。

===== 感想 =====

● 地上最大のショウ
 映画の本編の前に予備知識を少し。

 この映画は、2017年に解散した米国のリングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカスの創設者の一人、P・T・バーナムをモデルとしたミュージカル。そのサーカスのキャッチ・フレーズは『The Greatest Show on Earth(地上最大のショウ)』というもので、これが映画のタイトルにつながっている。
 なお、この映画の企画そのものはずいぶん前から進められていたと思われるので、リングリング・サーカスの解散が映画製作のきっかけとなったということではなさそうだ。

 また、この映画で描かれているP・T・バーナムは、実在の人物とはかなり異なっていて、映画ではものすごく美化されているらしい。史実性は低く、伝記映画とは呼べない代物ということだろう。それが一因となって、米国のプロの批評家の評判も悪いみたいだ。
 なんだかなあ……。
 実在の人物をモデルにしたフィクションと割り切ればいいだけのことなのに。日本では水戸黄門などでお馴染みだよね。
 作品としての出来栄えは、史実性だけで決まるものではないと思う。

 あるいは、ミュージカルとして、芸術性が低いとか、陳腐という批評もあるみたい。
 しかし、僕が観た感想では、ミュージカル映画として、それほど劣るとも思えない。ミュージカルで話が陳腐なんて言い出したら、『サウンド・オブ・ミュージック』だって終盤はナチスからの逃走劇でメタメタだし、『ウエストサイド物語』なんてロミオとジュリエットのバチモンということになりかねない。この映画の踊りや歌についても、後述のとおり、ミュージカルとしてかなり秀でたものだと思うよ。

 で、批評家の悪評にもめげず、この映画は米国で興行的に成功したとのこと。
 まさに映画の中身と同じことが起こったのだ。
 ちょっと笑える。

● 日陰者のショウ
 バーナムが始めたのは、フリークスや黒人など、当時の社会で排斥された人たちを集めたショーだった。彼らは、ひどい差別や偏見を受け、世の中から隠れるように生きていたが、バーナムによって文字どおり表舞台へ立つことになる。

 そして、いろいろな出来事が重なってサーカスができなくなったとき、フリークスたちはバーナムを励まし、感謝の言葉を述べる。
 彼らは、バーナムによって日の当たらぬ隠れた場所から出ることができ、みんなで一緒に生活しながら、生き生きと芸を披露する機会を得た。それは互いに尊敬しあう家族を得ることであり、人間としての存在を実感することでもあったからだ。
 フリークスたちはサーカスの再開を望む。少年時代にリンゴをもらった時のように、あるいはリンゴを見てサーカスを考え付いたように、バーナムは新しいアイデアが閃き、再び走り出すことになる。

● 日陰者への偏見
 それにしても、当時は偏見がひどかったようだ。
 町の住民にはフリークスをひどく嫌うものが少なくなかったし、カーライルの両親はアンに暴言を吐いている。

 バーナムには偏見のようなものはない。少年時代、浮浪児として飢えていた時、通りかかりのフリークスにリンゴを恵んでもらったことがあり、むしろ親近感を抱いているようだ。なお、リンゴは、バーナムがフリークスを集めるというアイデアが閃くきっかけの一つになっている。
 バーナムの娘たちにも、そうした偏見は全くないようだ。父と一緒にレティを勧誘しにいったとき、人材募集のチラシを渡しながら微笑む顔が輝いていたな。

 日本では、こうした社会的弱者を取り上げると、すぐに同情的な心情を描きたがる。あるいは、某テレビ番組での富士登山や槍ヶ岳登山のように、「体に障害があるのに頑張った」といった論調で感動を押し付けることが多い。
 ところが、この映画では、こうした同情や特別扱いのようなものはない。
 むしろ、バーナムの娘が、ヒゲ女のレティの真似をして、顔にヒゲのマスクをつける場面があるほど。このとき、ヒゲ女もほかのフリークスたちも笑い合っている。子供が人気芸人の物真似をするように、娘がヒゲ女の特徴であるヒゲを顔につけて真似しただけという受け止め方だ。

 彼らは、こうした身体的特徴を、単に個性の一つと割り切っているのだ。
 だから、偏見もなければ、特別扱いもない。

 障害を個性と捉えるという感覚――日本ではまだ無理かな? (*1)

● 日陰者の役だった
 ところで、バーナム役のヒュー・ジャックマンの当たり役といえば「ウルヴァリン」。またその妻チャリティ役のミシェル・ウィリアムズの出世作は『スピーシーズ 種の起源』のシル。どちらも人目を避けて生きる存在というのが、何となくフリークスと共通するような……。

 それはさておき、ヒュー・ジャックマンの歌と踊りは、かなり良かったな。『レ・ミゼラブル』より進化したんじゃないか。
 役作りも細かい工夫があって、例えばトムをドア越しに説得するときに、ちらりと将軍の紙人形を見たりとか、バーナムに人たらしの才能があるところをさりげなく演じている。こうした小技はかなり渋いぞ。

 相棒のカーライル役はザック・エフロン。
 この役者、かつてはデロリとした二枚目高校生役がピカイチだったけど、今回、ビジュアルがかなり劣化したような……。踊りもさほど惹かれるところはなかったし……。

● 力でねじふせる
 この映画で一番に注目してしまうのは、こうした有名俳優が演じる役ではなく、その周りの芸人や歌手。

 誰もがびっくりするのが、オペラ歌手リンドが歌う『Never Enough』だろう。ものすごい歌唱力で圧倒される。
 この場面は、バーナムが一度は本物を見せる興行師として称賛されたいという打算から始まったものだが、自分の想像を超える「本物」に巡り合って心を動かされるというシーンだ。映画の登場人物も映画の観客も、その誰もが感動するような歌手であることが要求されるのだが、ビジュアルも歌声も、まさに完璧。歌詞やメロディーも完全にフィットしている。
 演じるのはレベッカ・ファーガソン(『ライフ』(2017年)に出ていた。)で、歌はローレン・アレッドという歌手の吹き替えとのこと。
 何者をも力でねじ伏せ、本物と納得させるような、すさまじい力技の演出だ。

 なお、この歌のサビは「Never be enough for me」というフレーズのリフレイン。
 「for me」と一人称になっていることに注意して直訳すれば「私にとって十分であるということは決してない」となるが、意訳すれば「(富も地位も名声も)もっと欲しい」ということになる。これはリンドの心情そのものだし、その時点でのバーナムの行動原理でもあったわけだ。

 この場面に続き、初公演の後のパーティーシーンとなる。そのときレティたちフリークスは会場へ入れてもらえず、強引に中へ押し掛けるのだが、ここで歌うのが『This is me』だ。
 こちらもかなりパンチの利いた歌声だ。
 注目すべきはその歌詞。
 すごい。
 大意を書けば、
――これまでずっと他人から「隠れてろ(Hide away)」、「あっち行け(Run away)」と言われてきたけど、言葉で私を切ろうとした奴らを洪水で溺れさせてやる。私はあるように存在する(I am who I'm meant to be)。これが私だ(this is me)――
 というもの。
 先ほど述べたような、フリークスたちが陰から表へ飛び出して自分たちの存在を訴えるという心情が爆発する場面なわけ。「洪水」とは自分たちの情熱であり、言葉であり、歌や踊りや芸の数々のことだろう。差別や偏見を自分たちの強い意思の力でねじ伏せるといった人間性の叫びが感じられる。(*2)

 『Never Enough』も『This is me』も、どちらも「me」で結ばれるフレーズが強烈な歌詞になっている。
 ところが、片方はもっともっと欲しいと歌い、もう片方はこれが自分だと歌う。
 見事な対比になってるわけで、主役であるバーナムがどうやって『Never Enough』という心情から『This is me』という心情に変わるのだろうかと、その後の展開に興味がそそられることになる。

 でも、それ以上にフリークスたちの心の叫びが感動的。
 この映画はまだ2度しか観てないけど、2度ともこの一連のシーンで泣いてしまった。

● お薦め
 空中ブランコやロープを使った曲芸によるラブ・シーンなど、映像もかなりのすぐれもの。
 音響の良い劇場で是非。


(*1) 僕は、「体に障害があるのに頑張った」という論調自体が、そもそも、ひどい偏見だと思う。
 なお、「障害は個性だ」と捉えた例として、このブログではフランス映画の『エール!』(2014年)を採り上げたことがある。福祉分野の最先端は、現在は北欧ではなくフランスといわれる。フランスでは、こうした考えがもはや当り前らしい。

(*2) この映画のプロモーションでは、大阪の女子高生にこの曲を踊らせた映像を流してる。高校生の部活としてはレベルが高くても、ハリウッドが本気で作ったミュージカルと比較されるような企画はムチャクチャだ。高級毛ガニを売るときにカニカマボコを試食させるようなもの。企画者のセンスを疑う。
 せめて、この曲の歌詞に有るような強烈な自己主張、あるいは人間の実存を熱く感じさせるような振りがあってほしかった。

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