映画の感想文 [105] パリ・テキサス
【パリ・テキサス】
1984年
原題:Paris, Texas
監督:Wim Wenders(ヴィム・ヴェンダース)
出演:Harry Dean Stanton(ハリー・ディーン・スタントン), Nastassja Kinski(ナスターシャ・キンスキー)
=== あらすじ(途中まで) ===
テキサスの荒野を一人の男がさまよっていた。その男はガソリンスタンドに入ると、大量に水を飲んで、その場に倒れてしまう。
男の身元はすぐに割れ、ロサンゼルスに住む弟が迎えに来て、自分の家へ連れ帰った。男の名はトラヴィスといい、妻のジェーンに去られ、弟夫婦に息子のハンターを預けてずっと放浪していたのだった。数年ぶりに父トラヴィスと再会したハンターは七歳になっていて、最初のうちは戸惑っていたが、トラヴィスが学校の送り迎えなどをするうちに、やがて打ち解けていく。
ある日、ジェーンがヒューストンから弟夫婦へハンターの養育費を送金していることがわかる。トラヴィスは中古の車を買い、息子のハンターと一緒にジェーンを探しにヒューストンへと向かった。銀行の駐車場近くで待ち構える二人の前に、ジェーンの乗った車がやってきた。
=== 感想 ===
● アメリカ人の原点
とにかく乾いた映画だ。
『パリ、テキサス』とは、フランスのパリとアメリカのテキサスという意味ではなく、テキサス州の中のパリという名の土地のことだ。トラヴィスの両親の思い出の地であり、トラヴィスはそこを買って、その写真を持ち歩いている。
その土地は荒野の中の何もない乾燥した場所にすぎない。だが、そこはトラヴィスの原点だ。そしてアメリカ人の原点でもあると、この映画は言いたいらしい。映画の始まりは、荒野をさまよった後、大量に水を飲むトラヴィスの姿だ。
乾ききった孤独――それが現代のアメリカ人だとこの映画は主張しているように見える。
● 寂れた映像
都会の映像も決して華やかではない。街並みは重そうな雲に蔽われ、灰色の空気が澱んでいる。ジェーンが勤める風俗店も、本来であれば、けばけばしい繁華街の片隅にありそうなものだが、汚い水溜りが点在する廃墟のような寂しい街区にある。
● 霞(かすみ)のようなストーリー
ストーリーについては、霞のような印象を受ける。大きな事件もなく、話が極端に盛り上がるわけでもない。映画の半ばのエピソードはあってもなくてもいいようなものばかりだし、結末も必ずしもこれが絶対ということではないように思える。
例えば、トラヴィス、ジェーン、ハンターという父と母と子の関係について、エンディングは、父と母が一緒で子は別、父と子が一緒で母は別、母と子が一緒で父は別、三人一緒、三人ばらばらという五通りのケースがありえるわけだが、どの結末でも大差がないだろう。この映画では、どういう結末になるかというのは、あまり重要なことには思えない。
重要なのは、どういう組み合わせであろうと、父トラヴィスはテキサス州のパリ――アメリカ人の原点へ旅立つに違いないということだ。
● 物悲しい世界
ストーリーよりも情景や世界感に浸る映画だ。スクリーンの向こうには完全にこの監督の世界が広がっていて、それがとても物悲しく、ピリピリと心を痺らせ続け、すっかり惹きつけられてしまう。なんとも不思議な映画だ。
ナスターシャ・キンスキーが美しい。でも冷たい美しさで、それがますますこの映画を悲しくさせる。
● お奨め
観た者の心に襞(ひだ)を一つ増やしてくれる映画だ。それだけ心は豊かになるのだが、見終わった瞬間は……つらい。
落ち込んでも立ち直れる自信のあるときに、観るといいかもしれない。
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まあ、評論やレビューといったほどのものではございませんが。
1984年
原題:Paris, Texas
監督:Wim Wenders(ヴィム・ヴェンダース)
出演:Harry Dean Stanton(ハリー・ディーン・スタントン), Nastassja Kinski(ナスターシャ・キンスキー)
=== あらすじ(途中まで) ===
テキサスの荒野を一人の男がさまよっていた。その男はガソリンスタンドに入ると、大量に水を飲んで、その場に倒れてしまう。
男の身元はすぐに割れ、ロサンゼルスに住む弟が迎えに来て、自分の家へ連れ帰った。男の名はトラヴィスといい、妻のジェーンに去られ、弟夫婦に息子のハンターを預けてずっと放浪していたのだった。数年ぶりに父トラヴィスと再会したハンターは七歳になっていて、最初のうちは戸惑っていたが、トラヴィスが学校の送り迎えなどをするうちに、やがて打ち解けていく。
ある日、ジェーンがヒューストンから弟夫婦へハンターの養育費を送金していることがわかる。トラヴィスは中古の車を買い、息子のハンターと一緒にジェーンを探しにヒューストンへと向かった。銀行の駐車場近くで待ち構える二人の前に、ジェーンの乗った車がやってきた。
=== 感想 ===
● アメリカ人の原点
とにかく乾いた映画だ。
『パリ、テキサス』とは、フランスのパリとアメリカのテキサスという意味ではなく、テキサス州の中のパリという名の土地のことだ。トラヴィスの両親の思い出の地であり、トラヴィスはそこを買って、その写真を持ち歩いている。
その土地は荒野の中の何もない乾燥した場所にすぎない。だが、そこはトラヴィスの原点だ。そしてアメリカ人の原点でもあると、この映画は言いたいらしい。映画の始まりは、荒野をさまよった後、大量に水を飲むトラヴィスの姿だ。
乾ききった孤独――それが現代のアメリカ人だとこの映画は主張しているように見える。
● 寂れた映像
都会の映像も決して華やかではない。街並みは重そうな雲に蔽われ、灰色の空気が澱んでいる。ジェーンが勤める風俗店も、本来であれば、けばけばしい繁華街の片隅にありそうなものだが、汚い水溜りが点在する廃墟のような寂しい街区にある。
● 霞(かすみ)のようなストーリー
ストーリーについては、霞のような印象を受ける。大きな事件もなく、話が極端に盛り上がるわけでもない。映画の半ばのエピソードはあってもなくてもいいようなものばかりだし、結末も必ずしもこれが絶対ということではないように思える。
例えば、トラヴィス、ジェーン、ハンターという父と母と子の関係について、エンディングは、父と母が一緒で子は別、父と子が一緒で母は別、母と子が一緒で父は別、三人一緒、三人ばらばらという五通りのケースがありえるわけだが、どの結末でも大差がないだろう。この映画では、どういう結末になるかというのは、あまり重要なことには思えない。
重要なのは、どういう組み合わせであろうと、父トラヴィスはテキサス州のパリ――アメリカ人の原点へ旅立つに違いないということだ。
● 物悲しい世界
ストーリーよりも情景や世界感に浸る映画だ。スクリーンの向こうには完全にこの監督の世界が広がっていて、それがとても物悲しく、ピリピリと心を痺らせ続け、すっかり惹きつけられてしまう。なんとも不思議な映画だ。
ナスターシャ・キンスキーが美しい。でも冷たい美しさで、それがますますこの映画を悲しくさせる。
● お奨め
観た者の心に襞(ひだ)を一つ増やしてくれる映画だ。それだけ心は豊かになるのだが、見終わった瞬間は……つらい。
落ち込んでも立ち直れる自信のあるときに、観るといいかもしれない。
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まあ、評論やレビューといったほどのものではございませんが。