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zoom RSS 映画の感想文 [558] ブリューゲルの動く絵

<<   作成日時 : 2012/12/26 23:54   >>

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【ブリューゲルの動く絵】
原題:The Mill and the Cross
日本公開:2011年12月
製作国:ポーランド、スウェーデン
監督:Lech Majewski(レヒ・マジュースキー)
出演:Rutger Hauer(ルトガー・ハウアー), Charlotte Rampling(シャーロット・ランプリング)

===== あらすじ(途中まで) =====
 フランドル地方の画家ブリューゲルは、金持ちのパトロンから、その地の情景の中にキリストの処刑の場面を描けるかと問われた。その言葉を受けるように、役者たちは体にパットを巻き、衣装を着て、当時の住民の姿になっていく。
 風車が立つ岩山。その内部は巨大な空間に刳り抜かれ、製粉機が回り、粉屋の家族が暮らしている。仔牛を売りに出た若い夫婦は、赤服のスペイン兵たちに襲われ、夫は異教徒として残忍な処刑を受ける。
 広場では十字架が作られ、キリストが他の二人の罪人と一緒に処刑場へ引き立てられていく。その列が風車のある岩山の麓まで来たとき、ブリューゲルは合図を送って全ての動きを止めた。

===== 感想 =====

● 準備
 ブリューゲルの『十字架を担うキリスト』の世界をそのまま実写にしたもの。ちょっと不思議な映画だ。
 著名な絵画が描かれるまでの背景や経緯を語る映画というのは数多いし、絵画が動き出すとか、逆に人間が絵画の世界に入り込むといった作品も珍しくはない。この作品はこれらの要素がすべて入ったものとなっている。
 映画のイントロは、まさに役者たちが絵画に描かれた人物になるための扮装など、準備の様子を描いている。そして絵画の中の住民たちの日常や、いくつかの場面の再現シーンが流れて、いよいよ主題のキリストの処刑を語る準備が整うことになる。

● 処刑
 ブリューゲルが絵を描いたのは16世紀のベルギー。一方、キリストの処刑は1世紀で千数百年も昔のことだし、その刑場ゴルゴダの丘はエルサレムにある。時間も場所もまったく異なる情景の中で、キリストの処刑の様子が描かれるわけだ。
 ここでまず重要なことは、キリストを処刑するのがスペインの兵たちということだろう。つまり、16世紀にフランドル地方を領土としていたスペインのハプスブルグ家の兵。彼らはカトリックだ。

 ここで元の絵を見てみよう。
 キリストやスペイン兵の列の周りは、様々な住民たちが取り囲んでいる。手前右には処刑を悲しむ聖母マリアの姿もある。
 キリストの処刑場は、絵画の中ではキャンパスの右上に人々が輪になった場として描かれている。処刑の様子はそれだけではなく、牛飼いを処刑したような車輪と柱が、丘のずっと向うまで列になって並んでいる。画面中央のやや奥、丘陵の端にも1本立っている。そのはるか奥の山の上に見えるのは首吊り用の処刑台らしい。
 ブリューゲルの『十字架を担うキリスト』には、当時の圧政に対する強烈な批判精神があったということだ。

 この映画は、この絵画に込められた主張の一部を再現しているということになる。

● millあるいはmiller
 映画に戻ろう。
 こうした情景全体を見降ろす高い岩山の上に風車が立っている。
 その足元の丘陵をキリストが引き立てられていくとき、パトロンから「この情景をそのまま描けるか」と問われたブリューゲルが合図をすると、風車の羽根が止まり、世界が静止する。
 僕は、一瞬、この風車は世界の時間を支配するものかと思った。しかし違った。再び風車が動き出す時、羽根はそれまでとは逆回り(反時計回りから時計回りへ)を始めるのだが、行列が後戻りするということはない。時間は逆回転しないのだ。
 その後、キリストを磔にする様子や、ビネガーを染み込ませた海綿を口に含ませる様子、死後に聖骸布(せいがいふ)にくるんで岩窟に埋葬する様子など、誰でも知っていそうなキリストの最期の情景が丁寧に描かれ、嵐の夜を経て、ユダの自殺の場面などが続く。この間、風車の羽根は時計回りだったりその逆だったりする。
 結局、あまり意味はなさそうだ。

 で、この風車は製粉機を動かすもの。原題の「mill」だ。そして風車の立つ岩山の中には粉屋の一家が住んでいる。「miller」だ。
 実は、この「miller」という言葉は、僕にとってはトラウマのような難解用語。
 かつてプロコルハルムの『青い影』という曲があった。その歌詞に出てくる「miller」を何と解釈するか、いったい何回、友人たちと議論したことだろう。意味不明なまま、今日に至っている。
 おそらく、「粉屋」ということで「麻薬の密売人」の隠喩ではないかというのが有力だったけど、一方で宗教的な象徴ではないかという考えも強かったと思う。

 この映画の中ではパンが重要な要素の一つとなっている。粉屋は朝、目覚めるとまずパンを食べる。行商のようなパン屋が登場し、牛飼い夫婦は彼から一つ買って二人で食べているところをスペイン兵に襲われる。粉からパンをこねるシーンだって、ちゃんとある。しかもそのシーンでは、住民たちの能天気な日常の象徴のような笛吹きの曲をハミングしながらだ。
 世界を支配しているかのような風車の「mill」が粉を挽き、それからパンを作って食べるというこの世界の日常が生まれている。
 まさに「私(キリスト)は天からくだったパン」ということかな。
 しかし「人が生きるはパンのみにあらず」というのも有名なフレーズだしねえ……。
 分からん!

● 映像
 映像の面白さはいうまでもない。

 第1の特徴は、何と言っても構図。
 基本的に屋外は横線を強調して空間的広がりを表現し、室内は縦線を強調して閉塞感を表現しようとしているかのようだ。たまにパース(遠近法の基準線)や構図の空間配置を表すかのようなラインが浮かぶ場面も多い。
 奥行きも重要。画面の手間と後方に複数の要素が配されている場合が多い。通常、こうした奥行きの表現は、ヘタッピが撮ると絵面がうるさくなるばかりなんだけど、この映画では、すごく巧み。

 第2の特徴は、CGのセンスの良さだろう。
 絵画の世界を実写化する際に、背景が描き割りだったり、別撮りした人物などを組み合わせたりなどが細かく行われている。いまどき、こうした技法は珍しくもないが、ここで堪能すべきはそのセンスだ。
 特に、わざと遠近感が歪むように人物のサイズが組み合っていたり、光の当たり方などを変えたりしているところ。実に巧みだし、繊細な気配りを感じる。

 第3の特徴は、被写界深度の深さ。
 といっても実際にレンズの被写界深度を深くして撮ったのかどうかは分からない。僕は技術的なことはまったく知らないので、そういうのは疎いのだ。
 あくまでも出来上がった映像上で、焦点が合っている範囲が深いということだ。画面手前の要素から、画面のずっと奥の要素に到るまで、くっきりと焦点が合っている。おそらくCGなどを使って重ね合わせた結果だろうけど、こうした仕上げにするというのは監督のセンスそのもの。
 これによって、特に静止した世界の映像など、一種異様な絵画世界の実写化という雰囲気を強く醸し出している。

● 役者
 ブリューゲルを演じるのはルトガー・ハウアー、マリア役はシャーロット・ランプリング。台詞や喜怒哀楽などの芝居そのものよりは、存在がどれだけ画面に馴染むかが重要な役なわけだけど、二人とも手慣れたもの。ブリューゲルがスケッチのために周囲を観察するときや、マリアが息子の処刑の朝を迎えるときなど、じっと静かに世界を見守る表情が印象に残る。

● がんばって、最後まで
 映画の中盤は台詞や場面の展開も少なく、寝る人が多いかも。
 でも最後まで観て欲しい映画。


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絵を描くブリューゲル

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構図の妙

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『十字架を担うキリスト』の中心部分

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参考:『十字架を担うキリスト』


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