映画の感想文 [651] 危険なメソッド

【危険なメソッド】
原題:A Dangerous Method
日本公開:2012年10月
制作国:英国、独国、カナダ、スイス
監督:David Cronenberg(デヴィッド・クローネンバーグ)
出演:Michael Fassbender(マイケル・ファスベンダー), Keira Knightley(キーラ・ナイトレイ), Viggo Mortensen(ヴィゴ・モーテンセン)

===== あらすじ(途中まで) =====
 1904年、チューリッヒのブルクヘルツリ病院に精神病を患うザビーナという女性が入院した。担当のユングは彼女に談話療法を施し、さらに治療の一環として実験の助手をさせることにした。ユングはザビーナのトラウマの原因が幼児期に親から受けた虐待であることを突き止め、それ以後、彼女はみるみる回復していった。
 1906年、ウィーンでユングは初めてフロイトに面談した。二人はすぐに意気投合し、夜中の2時まで13時間も議論をするほどだった。やがてユングはフロイトから自分の後継者と期待されるようになるが、すべてを性的な衝動であるリビドーで解釈しようとするフロイトの説に異を感じるようになり、二人はしだいに疎遠になっていった。
 一方、ユングには妻と二人の娘もいたが、すっかり寛解したザビーナを愛していることに気付いた。

===== 感想 =====

● 精神分析ごっこ
 トンデモな連中の大好物の一つ――精神分析ごっこ。そこで「神扱い」されるのがフロイトでありユングだ。映画の分野でも論評や感想における「解釈」とやらで、彼らの用語を借りて精神分析ごっこのような理屈を展開するというのは珍しくない。
 たいていは、未消化のゲロのようなものだけどね。(*1)

● ユングとフロイト
 この映画はユングについて、特にフロイトと関わった時期を中心に描いたものだ。
 二人は1906年3月3日にウィーンのフロイト邸で初めて会ったらしい。初対面でありながら、夕食をはさんで13時間も議論したというエピソードが語られる。よほどウマの合う二人だったのだろう。
 しかし、フロイトは自分がユダヤ人であることを強く意識し、ゲルマン系の社会で立身出世するために、個性の強い学説を主張し、学派あるいは学閥のようなものを確立しようとしている。
 それに対し、プロテスタントの家の出身で身分的な問題がなく、妻が財産家で経済的にも恵まれているユングは、素直に学問的な関心だけを追求していく。それはときには心理学や精神分析などの領域を外れて宗教や考古学などの分野に及ぶこともあったようだ。
 冷徹に権威を求める者無邪気に真理を求める者。交わるのは一瞬でしかなかったということだな。

● ユングとザビーナ
 ユングとザビーナとの関係は医者と患者の関係であるだけでなく、ユングが実験を行うときには学者と助手の関係であり、また彼女が心理学者を志すことから先生と生徒の関係でもあった。こうした二人が恋仲になる、しかも不倫関係になるというのは映画の世界ではよくあること。

 ユングにとって、ザビーナは自分の身近にいて自分に関心を寄せる若い女性でしかない。家庭では満たされない癒しと性欲の充実を求めることになるが、ユングは敬虔なプロテスタントでありながら俗な一面も持っていたということだな。

 一方、ザビーナのキャラ描写は問題大有りだ。映画の話の中で、一番肝心なところの描写が欠けているのだ。
 その前に、ナゾナゾ――いったい彼女の入院費用や生活費さらには学費などは、どのように工面されていたのだろう?
 この映画では、こうした生活の基盤がさっぱり見えない。もちろん主役の経済基盤が説明されていない映画などたくさんあるが、この映画ではとても重要なのだ。というのは、ザビーナの場合、家族、特に父との関係を抜きにしてその精神を語れないからだ。
 彼女は幼少期に躾のために父から頻繁に尻を叩かれた。そのとき下着を脱ぐことを命じられ、やがてそれが快楽となり、叱られると分かっただけで失禁するほどになったという。彼女は成長するとそうした性癖を心の奥へ押し隠すのだが、それがトラウマとなって精神を病むようになった。しかしユングの談話療法によって次第に治って(寛解して)ゆく。

 で、現在の父との関係は? 家族との関係は?
 今、彼女は父のことをどう思い、もしも父と再会したら何を感じるのだろう?
 もう、発作を起こすようなことはないのだろうか?

 そこがすごく重要なところだと思う。そのため、彼女の治療・生活・就学の資金が家からのものなのか、他からのものなのか、ものすごく気になるのだ。
 ここを全く触れないのでは、ザビーナの存在そのものが希薄になってしまう。したがってザビーナに対するユングの恋も薄っぺらなものにしか見えない。

 ザビーナがユングに尻を叩かれているシーンを見て、病気も治り(寛解し)、愛情も成就し、マゾ的な性欲も満たされて良かった良かったと思うようであれば、かなりボケてる。
 ザビーバは、理屈っぽくて精神分析ゴッコの台詞でつづられたお話のための、御都合キャラでしかないのだ。(*2)

● 一本調子
 この映画、個々のシーンがかなりの一本調子だ。二人で会話するだけの場面が延々と続く。多少、心理的な揺らぎなどの表現はあるものの、多くは理屈っぽいネタの議論のような台詞がダラダラと交わされるという感じ。
 こういうのって、おそらく舞台なら受けるかも。しかも一昔前の、精神分析ごっこだの実存主義っぽいのとかが好きな観客層の場合ね。
 映画にするなら、それもいまどきの映画にするなら、かなりひねりを加えないとだめだと思うよ。

● フロイト渋!
 ユング役はマイケル・ファスベンダー。はっきり色が出ていないのが良いのか悪いのか、ちょっと評価しずらいところ。少なくとも印象は薄いな。

 ザビーナを演じたキーラ・ナイトレイについては、日本だと「体当たり演技」なんて表現を使われそう。病気のときは顔面崩壊のような芝居をし、ユングとの密会では乳首を出し、尻をぶたれながら愉悦の表情を見せる。一見するとすごいんだよね。
 でも、病気の時は、顔面崩壊にはちょっと引いてしまうし、その前後の瞬間は表情が素になりかけてる。病気の芝居が上手くはないのだ。寛解してからは、セックスシーンは「体当たり」だろうけど、普段のヘアやメイクが何とも様(さま)になってない。もっと美人のはずなのに、わざと不細工にしているかのようで、これもあまり好印象ではない。

 結局、一番うなるのは、ヴィゴ・モーテンセンが演じるフロイトということになりそうだ。まず、ビジュアルについては、劇の中でもフロイトの自画像が登場するけど、よく似てる。性格は、実物は知らないけど、物静かでありながら言葉に説得力があって、内面は上昇志向の強い野心家というイメージがうまく表現されている。とにかく伏目がちな表情から、ギラギラした精気のようなものが滲み出てるんだよね。渋い!

● 誰が観る?
 伝記のようなノンフィクションあるいは人間ドラマとして見るにはまったく食い足りないし、ラブロマンスと見るにはヒロインの描写が薄い。
 一方、トンデモの大好物のネタでありながら、トンデモが喜びそうなエピソードはない。
 この映画、誰が観るんだろう?


(*1) 最近は心理学や精神分析の専門家と自称する、いかがわしい人をテレビや雑誌で見かけることが多い。常識臭いだけの屁理屈をさも高尚な理論であるかのように語ったり、どこかの学会誌の些末な論文をほじくり出したり、いいかげな「実験」と称するものを根拠にしていたりとか、半分くらい詐欺っぽいような論理。
 多くの人は統計学に基づいた実験計画法とか因子分析などはおろか仮説検定の素養も無いように思えるけど、大丈夫か?

(*2) こうしたこの映画の致命的な説明不足に気が付かずに、ザビーナの寛解の様子を見て、「フロイトすげえ! ユング最強! 精神分析かっこいい!」と思うようだと、かなりこうしたネタに引っかかりやすいタイプだ。
 変な宗教や詐欺に騙されやすい体質だから、気を付けた方がいいよ。

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とりあえず、オッサンの感想文です。