映画の感想文 [967] ブギーナイツ

【ブギーナイツ】
原題:Boogie Nights
制作国:米国
制作年:1997年
日本公開:1998年10月
監督:Paul Thomas Anderson(ポール・トーマス・アンダーソン)
出演:Mark Wahlberg(マーク・ウォルバーグ), Burt Reynolds(バート・レイノルズ), Julianne Moore(ジュリアン・ムーア)

===== あらすじ(途中まで) =====
 1970年代後半、17歳のエディは高校を中退し、ロサンゼルス郊外のナイトクラブで店員として働いていた。彼は巨大な男根と巧みな性技の持主で、常連客のポルノ映画監督ジャック・ホーナーにスカウトされ、ダーク・ディグラーという芸名で男優デビューすることになった。
 ジャックは面倒見が良く、周りから頼られる性格だ。彼の屋敷にはいつも多くの人が集まり、まるで家族のように接しながら楽しい毎日を送っている。そうした親しい仲間に支えられ、エディはポルノの撮影に臆することなく次々と作品を重ね、ついに賞を取るほどの人気者になった。
 しかしジャックの仲間は、誰もがいろいろな悩みや問題を抱えていた。ジャック自身、フィルムからビデオへ転向するようスポンサーのジェームズ大佐から求められ、同棲しているポルノ女優のアンバーは離婚して子供と会うことができない孤独に泣き、プロダクション・マネージャーのリトル・ビルはセックス依存症の妻に悩み、若いポルノ女優のローラーガールはかつてのクラスメートから軽蔑され、ポルノ男優のリードはポルノに見切りをつけていずれ手品師になろうと思い、俳優のバックはオーディオ店を開業する資金繰りの目途が立たず、アシスタントのスコティは同性であるエディへの片思いに苦しんでいた。
 エディもコカインを常用するようになり、男根が思うように勃起しなくなった。苛立ったエディはジャックに激しく当たり散らし、ついには屋敷を飛び出してしまう。

画像

===== 感想 =====

● 高質
 ポルノ業界を題材とした映画で、セックスシーンの撮影の様子や私生活の性的に堕落した様子などが描写される。少なくとも「御清潔」といったお話ではなく、おそらく日本の女性の多くは激しい嫌悪感を抱くような内容だろう。
 しかし、ものすごく質の高い映画。ただのエロと思ったら大間違いだ。

● 擬似家族
 映画の主役はエディだけど、話の中心はジャックといっても過言ではない。この映画のお話は、ジャックとアンバーを父母とした擬似的な家族を描くもので、その家族の構成員でもあるポルノ制作に関わる者たちの、いわば群像劇のような内容になっている。
 まず、エディについて実際の家族の様子が描かれるし、アンバーは離婚した夫との家庭裁判所での争いの場面などがある。この二人は本物の家族が壊れているとはっきりと描かれており、一方でジャックやアンバーを中心とした擬似的な家族が対比されるという構図だ。
 また、あらすじに書いたように、主要な登場人物は悩みや問題を抱えつつ、相互に精神的に支えあう関係だ。例えば、エディはジャックと喧嘩してリードと二人で屋敷を飛び出すが、まさに反抗期の家出そのもので、やがては自分の甘さに気付き、擬似的な父であるジャックに救いを求めることになる。あるいはバックが店を出すときのCM撮影や子供の出産の撮影では、みんなが助け合う。そしてローラーガールが中退した高校の勉強をもう一度やりたいと言い出すと、アンバーが優しく励ます。ラストシーンは、エディが「役者」としてすっかり一人前になった様子だ。
 こうしたエピソードを重ねながら、擬似的な家族は時を経てゆき、擬似的な子供たちは成長し、やがては一人立ちしていく。

 壊れた本物の家族と、性モラルの低い擬似的な家族。
 この映画、米国における家族のあり様を問うているのではないかな。

● 長撮り
 映像については制作スタッフの腕の良さが際立つ。色使いはきれいでクリアーだし、特に長撮りの使い方が決まってる。
 長撮りが特に目立つのは、映画のイントロと、半ば過ぎに1980年の年越しパーティーでリトル・ビルが事件を起こすシーンだ。

 映画の始まりは「Boogie Nights」というネオン看板から。そのままカメラが回り込んで車がクラブに到着する様子を映し、ジャックとアンバーが店に入って席に着き、リードとバックたちが踊っていて、ローラーガールがアンバーたちに挨拶に来て、エディが画面に登場するまでの約3分間のワンカットだ。店外ではクレーン、店内ではレールを使っているように見えるけど、実際はどう撮ったのだろう。おそらく途中でカメラを切り替えていて、一つのカットに見えるようにうまく繋いでいるみたい。CGの無い時代に凝ったものだ。
 あまりワンカットにする必然性は低いところなので、とりあえず制作側の腕を見せておきたかったのかも――この映画、ポルノを題材にしているけどポルノじゃないぞ――という宣言ですな。

 年越しパーティーの場面では、妻を探し回るビルを追いかけるように手持ちカメラが撮り続ける。ようやく居所を見つけると、妻はやはりセックス中。映像上は音声だけで、その様子やその後の顛末が描かれる。こちらも3分弱ほどのワンカットだ。
 ここは長撮りにすることで場面の緊張感を高め、焦燥と絶望などのビルの心情を表したかったのかな――なんて想像している。

● 劇中劇とダンスと音楽と絵画
 エディとリードは、ブロック・ランダースとチェスト・ロックウェルという名のスパイのシリーズもののポルノに出演する。このときの演技の下手糞なこと! エディは元々ブルース・リーに憧れていて、しょっちゅう空手の真似事をするのだけれど、劇中のアクションのショボさもかなり笑える。
 しかし監督のジャックは傑作が撮れたと満足している。
 あれ?

 劇中、ナイトクラブでダンスを踊るシーンがある。エディやリードさらにはローラーガールらを中心に、それこそ『サタデー・ナイト・フィーバー』のようなダンスが繰り広げられる。ところが、これがどうにも下手糞。しかも、エディたちが下手なだけでなく、まわりのバックダンサーの踊りもさほどのものではない。
 楽しそうなシーンではあるものの、どうしても『サタデー・ナイト・フィーバー』のパロディ、いやバチモンのように見えてしまう。
 あれ?

 この映画では、1980年前後の曲が次々とかかる。日本で有名なのはスリー・ドッグ・ナイトとかKCサンシャイン・バンドとか。全編を通じて軽いブギーの乗りというトーンが続く。
 エディとリードは、コンビで歌を吹き込んだりする。本人はうまいつもりかもしれないが、カッコつけてるだけのヘタッピ。もはやエディの過信と独りよがりのみっともなさが少し痛く感じられ始めるシーンだ。

 そしてエディはジャックの屋敷に出入りする女性画家でバックと結婚することになるジェシーの絵をすごく気に入って、自画像を描かせたりするのだが、この絵も笑っちゃうほど下手。ほぼ小中学生の美術のレベル。
 ところが、終盤、ジャックの屋敷のあちこちに彼女の絵が飾られている。ジャックの絵の好みもさほどのものではないのだ。
 あれ?

 結局、エディだけでなく、ジャックとその仲間たちは、普通の芝居もダンスも音楽も、そして絵画などについても、まったくセンスが悪いのだ。彼らはポルノだけが取り柄なのだと強烈に描かれている。

● 芸達者
 登場人物で一番目立つのは、ジャックだ。みんなから監督として信頼されるだけでなく、父のように慕われる。ポルノ業界の実力者でありながら、あまり欲望がギラギラしてるという感じではなく、モノヅクリのプライドを持ち続ける映画人。
 バート・レイノルズが、こうした役を見事なまでの貫祿で演じている。かつては彼自身が性的魅力満点の役者だっただけに、妙に説得力があるんだよね。

 次いで、熟年ポルノ女優でCM監督も努めるアンバー。ジュリアン・ムーアが演じている。彼女は三つの顔を持っている。
 一つめはポルノ女優。彼女はオフィスのデスクの上でセックスするシーンを演じるのだが、ジュリアン・ムーアが胸も露わにあえぐのを見て僕は驚いてしまった。ソバカスだらけの肩を隠そうともせず、彼女の役への気合を感じる。
 二つ目は擬似的な母親。エディやローラーガールといった若い俳優たちを温かく包み込む母親のような性格だ。「包容力」という言葉をそのまま擬人化したような雰囲気を醸し出していた。
 三つ目は子供に会えない孤独な母親。これが一番普通のドラマ的な芝居かな。泣くところも見事だけど、裁判所で自分が不利な展開になって当惑していくところがなかなかのもの。

 主役のエディを演じたのはマーク・ウォルバーグ。とても17歳には見えないし、洋物のポルノの主役にいそうな体格ムキムキの精力モリモリの男性というイメージでもない。やはり、ジャックやアンバーとの対比としての役作りということになるのだろう。特にバート・レイノルズとキャラがかぶらないように気をつけたといったところかな。
 彼も芝居は巧みだ。ダンスや歌を見事なまでに下手糞に踊り、唄う。ブロック・ランダースという映画の役を演じるときも、見事なまでの台詞棒読みと大根ぶり。「見事」といってもただ下手に演じているということではなく、実に「ほどよく下手」に演じているのだ。もちろん、素のエディを演じるときは、きちんとした芝居。この加減が絶妙だし、メリハリが心地よい。
 彼は映画の最後に楽屋の鏡の前で台詞の練習をする。これがきちっと巧いんだよね。ダーク・ディグラーも年季を積んだということ。

 ほかの脇役も名優揃い。
 リトル・ビル役はウィリアム・メイシー。妻に馬鹿にされる毎日。彼女は、浮気どころか、ビルの目の前で平然と他の男とセックスをするし、パーティーでは真っ昼間の庭で大勢の男女に囲まれながらセックスをする。しかも誰もビルに同情することもない。こんな情けない役――ウィリアム・メイシーにぴったり。
 相棒の男優リードにジョン・C・ライリー。器用に業界を渡り歩くという感じだな。
 その逆なのが男優バックで、ファッションや音楽のセンスも悪く、パーティーではいつも浮いてるし、バイト先のオーディオ店でも邪魔にされる。少し頭が悪いけど糞真面目。演じるドン・チードルが手堅いな。
 そしてスコティ役のフィリップ・シーモア・ホフマン。僕は、またまた騙された。映画を観終わって配役を見るまで彼とは気がつかなかった。とんでもなく化ける、化ける。ある意味特徴的な顔だちや体型のはずなんだけど、ロバート・デ・ニーロやゲイリー・オールドマン以上に化けるし、もしかしたらダニエル・デイ=ルイス以上かも。

● お奨め
 話の舞台は「御清潔」ではないが、全体の構成やエピソードはしっかりしているし、テーマも骨太なものを感じる。演出や撮影はうまいし、絵作りもうまい。音楽も当時の雰囲気満点。そして何より役者達がみな芸達者。ジュリアン・ムーアは胸を出してるし。
 観るしかないでしょう。
 ただし、彼女と一緒に観るのは避けるべし。


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擬似家族

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