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【少年と自転車】 原題:Le gamin au velo 日本公開:2012年3月 制作国:ベルギー、仏国、伊国 監督:Jean-Pierre Dardenne(ジャン=ピエール・ダルデンヌ), Luc Dardenne(リュック・ダルデンヌ) 出演:Thomas Doret(トマ・ドレ), Cecile De France(セシル・ドゥ・フランス) ===== あらすじ(途中まで) ===== 施設に預けられている11歳のシリルは、偶然知り合った美容師のサマンサに里親になって欲しいと頼んだ。最初はとまどってたいたものの、サマンサはその申し出を受け入れ、シリルは週に一度は美容院へ遊びに行くようになる。 しかし、父に会いたい気持ちは高まるばかりだった。 ある日、シリルは自転車に乗って訪ねに行くが、父のギイは邪険な態度でもう来るなと言う。傷心したシリルは街の不良のウェスたちと付き合うようになった。 ===== 感想 ===== ● 親子崩壊 この映画について、里親を通じて子捨てといじめが描かれているというのは、たぶん表面的な見方なのだろうな。 血のつながった親子の関係は崩壊し、血のつながりのない親子の関係が深まっていく。 血縁など重要ではないと言いたいらしいけど、親子崩壊はもっともっと深刻なテーマだと思うよ。親が子供に与える心理的影響なんてのは昔から数多く語られてきたし、最近は脳の発達への影響が大きいというのは生理学的に間違いないらしい。 そうした問題をうっちゃらかって、とりあえず本人どうしが納得してるからいいじゃんというのは欺瞞だし、ましてや美談のように飾り立てるのは偽善そのもの。 ● 地縁崩壊 シリルは、家の近くに一緒に遊ぶ友達がいない。 子供は近隣の子供たちと遊び、時には悪さをして近隣の大人たちに叱られる。こうしたことを通じて成長し、特に社会性を身につけるのだと僕は教えられたが、最近はそんな考えなど笑っちゃうらしい。 地縁の大切さがおろそかにされているのだ。これも実は深刻なテーマなんだけど、運良く互いに慰めあう者が見つかればそれでいいじゃんということらしい。これも、もはや社会的な問題の隠蔽であることは明らかだ。 ● 問いかけ 映画を観ながら問うべきだと思うよ。 ・ シリルは大人になって、よい父親になれるだろうか? ・ サマンサが老いたとき、シリルが介護するのだろうか? シリルとサマンサの話であれば、たった二人の問題だが、映画などの表現というのは普遍性を持つもの。シリルやサマンサが世の中の男女の大部分であったら、その社会はどうなるのか? この映画に無批判な人、あるいはこの映画が語る美談に感動する「だけ」の人って、こうした想像力が欠如してるんじゃねえか? ● 可愛くない 子供が主役だけど、さほど可愛くない。 父をたずねて何里も自転車をとばしたのに、鬱陶(うっとう)しいと拒絶される。こんな話がそもそも可愛くないし、映像的にも重要なシーン――子供が自転車を走らせる絵――が可愛くないし、可哀相とも感じない。 周りに出てくる悪ガキたちも、ビジュアル的に特に目立つような子はいない。これは子供を扱った映画として、重大な欠陥だと思う。 主役の女性も可愛くない。美人でもない。最近のフランス映画はヒーローもヒロインもブサイクが多いけど、その典型かな。 実はベルギーも製作国に加わっていて、そうなると登場する女性の多くに巨●を期待してしまうのだが、そういうことでもない。これは映画として、重大な欠陥……(失礼)。 ● はて? 何でこんな映画を観てしまったのだろう? 〔補足〕里親 僕は、里親や養子などの制度は、とても大切なものだと思う。 里親や養子における、人道、人間愛、慈悲などなどの美徳については、僕より心のきれいな人たちが、いろいろと語ってくれそうだ。 それ以上に僕が注目してるのは、諸般の事情で子供を産むことができない夫婦が、子供を育てるという社会的責任を果たすために、ものすごく役に立つということだ。 だからこそ、この映画のように、子供と実の父親との間に存在する問題をほったらかして、当人どうしが合意すればOKなどといった、ずさんな里親は問題が多いと思う。 ⇒ このブログのトップへ ⇒ 映画の感想のインデックス(作品名順) ⇒ 映画の感想のインデックス(監督名順) ⇒ 映画の感想のインデックス(テーマ別(?)) ⇒ 映画(全般)ブログランキングへ ⇒ にほんブログ村 映画ブログへ |
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